Detective Conan

世紀末の見る夢






















『もう、どーして引き留めてくれなかったのよ、コナン君!』
『でもォ、新一にーちゃんまた来るって…』
 その「工藤新一」役を見事に演じきったオレが一体どこにいるかって言うと…
『いいわ、今度会った時は…』
 ここにいる。
 そう、先ほど細工をした、マンホールの中だ。
 下水までは落ちなかった。だって臭いし。ハシゴに捕まったままの状態で、のんびりと盗聴していると言うわけだ。
 素早さとテクニックが奇術師の命だよな♪
『こうしてやるんだからっ!』
 蘭さんの気合いの声が聞こえたあと、ボウズが「ヒッ」と息を飲む声が聞こえた。
 何か…空手のワザを披露でもしたんだろうか。
 荒々しく足音を立てて蘭さんが階段を上っていったあと、大きく溜息を吐くボウズの声が聞こえた。
 オレはフタを開き、ひょいと地上に降り立った。
『…キッドめ、その辺までフォローしてってくれりゃいいじゃねーかよ…』
 ボウズがぶつくさ言う声が聞こえた。
 バカ言え、冗談じゃねーや。鳩の手当の礼っつったって、限度があるってもんだろ?実際に会った事のない人物を演じるこっちの身にもなってみやがれ。データだけじゃ、どうにもなんねぇんだぞ。
 着けた盗聴器は、アイツのことだ、どうせ直ぐに気付くだろう。気付いてなけりゃ、その内示唆してやればいい。
 …そう、彼らの会話を筒抜けにしていたのは、オレがあのボウズに仕掛けていた小さな盗聴器の仕業だった。あの城を脱出し、煤だらけになったボウズの体をポンポンと払ってやっていた時、靴に仕掛けて於いた物だ。少々不安だったが、あんだけ煤だらけになったワケだし、服なんかあっさり着替えて仕舞うだろう。
 その点、靴であればまだ可能性が高い。尤も、彼女が何処で話を切り出すか、と言う問題も忘れては居なかったのだが、まあその辺は賭けだったな。
 オレは小さく微笑うと、ベロリとマスクを剥いでポケットにしまい、先ほど…大間抜けながら出し忘れた一羽の鳩を捕りだした。窮屈だったのかどうか、出た途端小さな声で「クゥ」と鳴いた鳩を、オレは肩に乗せた。
「さて、帰るか!」
 鳩はまたもやクゥと小さな声で鳴いた。
 今日は本当にクタクタだった。予告日からまるまる二日分、きっちり働きました。働き過ぎじゃねーか、オレ。労働基準法に違反してるよなー。まだ未成年なのに。もうさっさっさーっと帰って、さくっと寝ることに………って、ああぁあぁぁぁあっ!!
 オレは慌てて携帯を取り出した。
「マスター、お疲れさまです、黒羽です!今日のシフトって……」
 入ってるぞーっ!と電話の向こうで叫んだマスターに、オレは「急いで行きますから!」と遅刻宣言をカマし、慌てて走り出した。
 最悪…。
 そうだよ、この事件…てっきり多くても一日オーバーくらいで終わるだろうと思ってたから、シフトに目一杯オッケーマーク入れてたんじゃんかーっ!
 最悪…。
 今日はもう寝たかったのにーーーーっ!
 そう心の内で叫びながら、オレは雨上がりの道をダッシュした。

















「黒羽くん!」
 ん?とオレが頭を上げたのは、事件が終わってから三日も経った後のことだった。


 事件が終わったあの日、慌てて仕事に向かったオレは、いつもは穏和なマスターから驚くべき言葉を聞いた。
「黒羽…」
「は、はい?」
「…クビ」
「………首、がどうか…」
「違う!お前なんかクビだーーーーーっ!」
 ちょっと待てーっ!懸命に走って車も飛ばして、一分遅れなだけで仕事に入ったのにクビなのかーっと叫びたい気持ちでいっぱいだったオレを救ってくれたのは、オレにカクテルの作り方を教えてくれた、バーテンの黒坂先輩であった。
「マスター、黒羽に当たっても仕方がないでしょう!」
「うるせぇ黒坂、お前もクビになりたいのかっ!」
「少し落ち着いて下さいよ。キッドだって、きっと生きてますよ」
「下手な洒落言ってる場合じゃねーだろ!」
「いや、洒落を言ったわけじゃなくってですね」
 もみ合いながら、黒坂先輩はオレに「早く行け」と顎で更衣室を指した。
 …き、キッド?何でキッド?
 オレが首を傾げながらも着替えて来ると、マスターは依然としてぶすりとした顔のまま、ソファーに座り込んでタバコをふかしていた。味覚が大事、といつも言っているマスターにしては、珍しい姿だ。
「黒羽、黒羽」
 ホールにいた黒坂先輩に手招きをされて、オレは素直にカウンターに向かった。
「さっきのクビ、ちゃんと繋げておいたから、お前は心配するなよ」
「…一体、どういう事なんです?」
 黒坂先輩は深々と溜息を吐くと、「お前、一昨日の事件を知ってるか?」と眉を顰めた。
「一昨日の夜ですか」
「ほら、大阪の…キッドが狙撃された、アレだよ」
「ああ……」
 一瞬、答えに戸惑った。既にテレビで報道されているんだろう。ここ三日ほどは撃たれたり宝探しをしたりと、本当に忙しくてそれどころでは無かったのだ。
 だが、目暮警部がニュースを見たかと言い、黒坂先輩がこういうと言うことは、やっぱテレビでやってたんだろうな。うわー、どんな内容だよ。ああ、ちょっと録画しておきたかった。無理だけど。
 取り敢えず、オレは「ええ、まあ」と無難な言葉を返した。
「あの事件で、キッドが生きてるのか死んでるのか、さっぱり知れないだろ?」
「ええ……」
「オレたちはキッドが絶対生きてると思ってる。今まであんだけすンげぇとこをオレたちに見せてくれたキッドだぜ?絶対死んでるわけないと思うワケよ…オレたちバーテンはな」
「うへへ……や、それほどでも」
「は?」
「あ、いや、なんでも。それで?」
 慌てて促す。あっぶねぇ、ちょっと嬉しくなっちまったぜ。
「そう、それでだな。マスターは、アレは絶対に死んでしまっただろうって言うわけだよ」
「…は?」
「狙撃されて落ちた所を見たってヤツが、マスターの良く行くインターネットの掲示板に情報を書いてたらしいんだな。あんな高さから落ちて、生きてるヤツなんか居ないって、まあそう言うことを言うわけ」
 …そりゃあそうだろうなぁ。オレだって、なんで生きてるのか未だに不思議だもんなぁ。
 もっとも、胸は痛いし目は半分見えないしで、十二分にダメージを受けているわけなんだけれども。
 その上火傷も負っているのに、ろくろく手当出来てねーし。ああ、オレってちょっとスゴイ。
「マスターも初めは生きてる説を信じてたらしくってな、懸命に反論したんだが、見たってヤツがまた…なんてーのかな、理路整然とあの高さから落ちたら海面だってコンクリ同然だの、気を失って海に落ちても沈みっぱなしだの、まーどうにも反論出来なさそうな事を言うわけ。
それを聞いてる内に、多分マスターにも信じられなくなって来たわけだな。キッドは死んだんだーなんて荒れ始めて、結局昨日はそれで店閉めたんだよ」
「うわぁ…」
「オレも今回初めて知ったんだけどな、マスターがキッドファンだって」
「…オレも、初めて知りました」
「だろ?そう言うわけ。だからお前も、キッドが死んだ、なんて口が裂けても言うなよ。絶対生きてるってマスターに言って聞かせるんだ。良いな?」
「は、はぁ…」
「お前の話術には期待してんだから」
 どうしたものかと迷う内に、黒坂先輩はオレの肩を叩き、あっさりとカウンターに戻っていった。
 そんなこんなで、今日に至る。
 …今日も、マスターの機嫌はすこぶる悪い。
 オレは何とか仕事でもしてマスターの機嫌を回復させないとな、と思い予定の詰まったスケジュールの開け方と、傷なんかの治し方に頭を捻らせている真っ最中だった。
 目と手はグラスを綺麗に磨くことに集中しては居たのだが。
 そうして先ほどの声に戻る。












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