Detective Conan

世紀末の見る夢






















 噂に寄れば、工藤新一の顔とオレの顔はよく似ているらしい。一時期の青子が良く言っていたのを覚えている。集めた資料にあった写真に置いても、確かに割合似ているのは確認した。
 だが、決して「同じ」ではない。
 今日は延々と白鳥刑事のマスクを被り続けていたし、いっそヘアメイクだけして素顔で向かおうかとも思ってしまったが、そう言うわけにもいかないだろう。何せ、騙す相手が相手なわけだからな。
 オレは工藤邸に忍び込むと、自分の体を持っていたサラシできつく巻き上げた。背中と肩の火傷は、かなり痛み始めている。それも仕方がない。直焼きにすれば、こんな物だろう。
 きっちりと巻き上げて火傷を覆い隠した後、オレは工藤の制服を着込んだ。姿見に映し、きっちりとネクタイを締める。それから、変装道具一式を取り出して自分の顔に合わせ、細工を始めた。
 …そろそろ時間的に限界の筈。工藤新一の顔を急いで作り上げると、オレはイヤホンを耳に当てた。…ダメだ、少し遠い。あの盗聴器、弱いからなぁ。
 工藤邸を慌てて出ると、オレは毛利探偵事務所に向かって歩き始めた。
 表はいつの間に降り出したのか、しとしとと雨が降っていた。傘は……いいや。きっと蘭さんは濡れた工藤新一を見ればタオルを持ってくるだろうし、それが時間稼ぎになるだろう。丁度いい。
『ザー…ッ、ザザ…蘭ねー…ザザーッ』
 雑音の合間に、声が聞こえ始めた。
『……そんじゃ、オレは休むからな…』
 毛利小五郎の声だった。それがきっちり聞こえた頃には、オレは事務所の真下に着いていた。
『オマエらも早く寝ろよ』
『はーい!』
 カツカツと階段を下りる音がして、ボウズが事務所に入った。
『おじさん、もう寝ちゃったよ?』
 オレはマンホールのフタを外し、ちょっとした細工を施した。
 これでよし、と。
 そうして、向かいのビルに寄り掛かり、気配を殺して窓を眺めた。窓の近くでは、蘭さんがオレの鳩を撫でていた。
『疲れたみたいだね』
『…うん……仕方ないよ、大変だったもの』
 元気のない声で、蘭さんが答える。彼女は答えながら鳩を戻し、窓に向いた。
 おっと、アブねぇ。さっさと影に入り、向こうからは見えない位置を陣取った。
『…蘭ねーちゃん……?』
『…ありがとう、お城で助けてくれて。あの時のコナン君、格好良かったよ』
 そう言って彼女は笑顔を作り、くるりと向こうを振り返った。
『まるで新一みたいで!……ホントに…新一みたいで…』
 ザァァ、と雨が降っている。夕方過ぎから降り出した雨は、しとしとと街を覆っていた。
『でも、別人なんでしょ?』
 彼女の声は、泣いていた。必死で涙を止めようと努力しながらも。
 その声を聞いて、オレは歩き出した。
 本日、最後の舞台の、幕を開くために。
『そうなんだよね?』
 そうであって欲しい。お願いだからうんと言って欲しい。自分の勘違いだと言って欲しい。
 今回の事件中、蘭さんは延々とボウズを見ていた。ボウズが正体を隠していることをオレは知っているが、蘭さんは知らず、そしてその正体に気付き始めている。
 隠している以上、バラす事は出来ないんだろう。それはオレにも何となく解る。状況は同じだ、ボウズの気持ちはある意味、手に取るようだとオレは思った。
 そして―――ボウズなら間違いなく、隠し通すことが出来ないだろう。
『…………』
 …出番かな。
『コナンくん!』
『…………』
 オレは階段を上りながら、イヤホンを仕舞った。
『あ、あのさ、蘭」
 ドアは開きっぱなしだった。オレはすっと現れて見せ、視界の端に二人を入れると、戸口に寄り掛かって微笑った。そう、蘭さんに向けて、だ。
「実は…オレ、本当は……っ」
「…新一」
 彼らしい笑顔で。
「えっ!?」
 ボウズが、慌てて振り返った。
「ホントに、新一なの…?」
 小さく微笑いそうになった自分を殺し、オレは面倒くさそうに、呆れた口調でこう言った。
「あんだよその言いぐさは。オメーが事件に巻き込まれたって言うから、様子を見に来てやったのによ」
 ボウズは振り返ったまま、眼鏡を持って呆然と突っ立っていた。目が見る見る内に丸く見開かれていく。あたかも、自らのドッペルゲンガーを見つけてしまった少年のように。
 だが、直ぐに悟ったように口をぽかんと開けた。
「バカァっ、どうしてたのよ、連絡もしないでっ!」
「…悪い悪い、事件ばっかでさ…今夜も、またすぐ出掛けなきゃならねェんだ…」
 蘭さんの顔は責めるような心配そうな、そんな表情から、どうしようと言った戸惑いの表情に変わった。多分、オレの濡れた肩を見たからだろう。
「待ってて、今、拭くもの持ってくるから!」
 慌てて駆け上がる彼女を見送り…オレは身を翻した。
 喩え刹那であっても、彼女は充分に「工藤新一」と「江戸川コナン」を再認識しただろうし、これ以上…彼女を騙し続けるのは気が引けた。
 似ていない筈なのに、あんなにも似ているものだから。
 階段を下りて外に出ると、案の定ボウズが追い掛けてきた。
「待てよ、怪盗キッド」
 ふ、とオレは微笑う。
「まんまと騙されたぜ。まさかあの白鳥刑事に化けて船に乗ってくるとはな…」
 オレは左手の親指と人差し指を唇に当て、ピィッと高らかに鳴らして見せた。
 合図に慣れたオレの鳩は、雨の中でも真っ直ぐにオレの肩へと舞い降りた。
「お前、解ってたんだな。あの船の中で何かが起こることを…」
「確信はなかったけどな。一応、船の無線電話は盗聴させて貰ったぜ」
 一羽、また一羽と鳩を出しながら、なんて事ない口調でオレはそう言った。
 工藤新一の声は、既に使っていない。地声に近過ぎて、喋りにくいからだ。
「もう一つ…オマエがエッグを盗もうとしたのは、本来の持ち主である夏美さんに返す為だった…」
 バサリ、と鳩が手の内から出てくる。本当に初歩的且つオーソドックスなマジックだ。
「オマエは、あのエッグを作ったのが香坂喜市さんで、『世紀末の魔術師』と呼ばれた事を知っていた…。だから、あの予告状に使ったんだ」
 相変わらず鋭い事。隠し事は出来ないねぇ。
 正直、オレは舌を巻いたが、それすら見抜いていた様な口調で先を促して見せた。
「ほぉ…他に何か気付いたことは?」
「夏美さんのひいおばあさんが、ニコライ皇帝の三女・マリアだったってこと言ってんのか?」
 オレは鳩を出した手をぴくりと震わせた。そのまま、肩越しに彼を振り返る。
 確かに、誰も居ないかもしれないが。
「マリアの遺体は見つかっていない…。それは銃殺される前に、喜市さんに助けられ、日本に逃れたからだ。二人の間には愛が芽生え、赤ちゃんが産まれた…しかし、その直後に彼女は亡くなった。
 喜市さんはロシアの革命軍からマリアの遺体を守るために、彼女が持って来た宝石を売って城を建てた。だが、ロシア風の城でなくドイツ風の城にしたのは、彼女の母親のアレクサンドラ皇后がドイツ人だったからだ」
 オレは顔を背け、また鳩を出した。
「こうしてマリアの遺体はエッグと共に秘密の地下室に埋葬された。そして、もう一つのエッグには城の手がかりを残した。子孫が見つけてくれることを願ってな。…とまァ、こうして考えて見れば全ての謎が解ける」
 謎解きが本当に好きだな、探偵。
 だが、その為に全てを費やすのは阿呆のする事じゃないのか?
「君に一つ助言させてもらうぜ」
 オレは顔半分だけ振り返り、小さく微笑った。
「世の中には、謎のままにしておいた方が良いこともある、ってな」
「確かに、この謎は謎のままにしといた方が良いのかもしれねェな…」
 此の謎は、か。思わず、笑いが小さく零れた。
「じゃあこの謎は解けるかな?名探偵。何故オレが工藤新一の姿で現れ、厄介な敵である、君を助けたのか…」
 ……これで、幕だ。
「新一ーっ」
 蘭さんの声を合図に、オレは指を打ち鳴らした。
 合図と共に、鳩達は一斉に飛び立つ。


 そうして、蘭さんの目に触れず、工藤新一は再びどこかへと姿を消した。











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