Detective Conan

世紀末の見る夢






















「黒羽くん!」
 ん?と頭を上げてはみたものの、オレが声の主を探る前に、その女性はオレの首根っこをぎゅっと引き寄せて抱きしめた。
 …無論、嬉しい反面、混乱に陥る。
「うわっ、ちょ、あのっ」
「黒羽くん、良かったっ、入ってなかったらどうしようかと思っちゃったっ」
「あの、え、サリさん!?」
 …そう、声の主はサリさんだった。
「ちょ、あの、離して下さいませんか、グラスが…」
 マズイ、お願いだから離してチョーダイと思いながら、オレは必死になってグラスを支えていた。
 一個3500円、絶対絶対落としたくないっ!
「あ、ごめんね、黒羽くん」
「もー、サリってば…」
 ふわ、と離されたオレは慌てて落ちかけたグラスのバランスを取り、直ぐまた顔を上げた。
 後ろから呆れた声を挙げたのが、夏美さんだったからだ。
「夏美、さん…」
「ごめんね、サリってばすっかり喜んじゃって」
「あ、いいえ、大丈夫ですからご心配なく。それより、何かあったんですか?」
「それがあったのよっ」
 答えたのは、サリさんだった。どうやら夏美さんよりもサリさんの方が興奮しているらしい。
「夏美の言ってたインペリアルイースターエッグ、完全な形で彼女の物になったんですって!」
 ね、夏美!と、早く話しなさいよ調のサリさんが促した形で、ようやく夏美さんが口を開いた。
「鈴木会長が譲って下さったの、あのエッグを。それに、横須賀の城からもう一つエッグが出てきて…」
 夏美さんは、それは嬉しそうにオレに事の顛末を語って見せた。
「で、曾祖母をお墓に入れてね、祖母にもちゃんとこのエッグをお見せしてきたの」
 ふんわり微笑う夏美さんは、全てが吹っ切れたのだろうか、さっぱりとした表情を見せていた。
「…それは良かった。オレも、祈った甲斐がありました。さあ、どうぞこちらの席へ」
「あら……やだ、すっかり立ち話になってる」
「サリ、その言い方もなんだかおばさんっぽい…」
「…三年経てば、私も夏美も三十代……充分おばさんよ」
「い、言わないでよ、思い出さないようにしてるんだから」
 クスクスと微笑いながら、二人はカウンター席に腰を下ろした。
 パッとカウンターが華やかになる。
 オレはそれを見届けてから急いでシェーカーを振り、彼女たちの前にグラスを下ろした。
「…あれ、注文…」
「……ナイショですよ」
 オゴリです、とオレは微笑って見せた。
「だ、ダメよ黒羽くん、私が奢りたかったのに…」
「良いんです。夏美さんの幸せを、オレにもお祝いさせて下さい」
 にっこり笑って勧めると、夏美さんはほのかに頬を赤らめた。
「黒羽くん、悪いんだー。お客さんを口説いてる」
「口説いてるわけじゃないですよ」
「じゃあキザキザ〜」
 オレを揶揄い、サリさんはカラリと微笑って見せた。
「あ、黒羽くん、もう一つ。ブルームーン作って」
「は、ブルームーンですか…」
 なんだろう、遅れて誰か来るのかな?と思いながらオレは慌ててブルームーンを作った。
 青、と言うか、青紫と言うか、そんな色が美しいカクテルだ。
「こちらで宜しいですか?」
「うん、じゃあ黒羽くん、それを持って」
「………は?」
 サリさんの言葉におとなしく従いつつも、何だろうとオレは首を傾げる。
「それ、黒羽くんの分よ」
「じゃ、かんぱーいっ!」
 そう言うことか…。
 ふぅっと頬が弛んだ。
 オレが先日、乾杯の時に持ったのは、間違って作ってしまったブルームーンだったのだ。
「幸運……祈ってくれてありがとう、黒羽くん」
 夏美さんが言った。
 オレはその言葉に心から嬉しくなり、久しぶりに微笑って「いいえ」と答えた。
「……あれ?」
「どしたの、夏美」
 穴が空くほど、と言って間違いはないくらいに夏美さんはオレの顔を見つめていた。
「なーに、黒羽くんに惚れちゃった?」
「え?」
「だーめよ、黒羽くんのファン、いっぱい居るんだから」
「何言ってんのよ、サリ」
 彼女はヒラヒラっと手を振って、あっさり否定して見せた。
 …冷たい。もうちょっと何か、リアクションが有っても良いんじゃないかとオレは少々寂しくなった。
「そうじゃなくって……ただ、思い出したのよ、黒羽くんの事」
「何それ」
「昔、どっかで会ったことあるって言ったでしょ?」
 ええ、とオレは頷いた。青子達が来た時の事だ。
「思い出したのよ、どこで見たのか。黒羽くん、マジシャンの黒羽盗一さんの息子さんでしょ?」
 げ、とオレは引き、それでもスマイルを全面に押し出して「ええ」と答えた。
 ツウが居たら、バレるだろうなオレの歳。
「良くご存じですね」
「私が小学校か中学の頃だったと思うんだけど……おばあちゃんが知り合いになったって言うマジシャンを呼んだ事があったの。その時に来たのが、黒羽盗一って言う有名なマジシャン。素敵なおじさまだったの、今でも覚えてるわ」
「知ってる、黒羽盗一。八年前に無くなったのよね。好きだったから、結構泣いたわ…そっかぁ、考えて見れば同じ苗字だもんね」
「その黒羽盗一さんを招いた時に、子供が一緒に付いて来たのよ。…六つか七つか、それくらいだったと思うけど」
 正確に言えばオレは四つだったのだが、逆算されると困るのでオレは何も言わなかった。
「一緒に探検ゴッコして遊んだの、今でも覚えてるわ。…こんなにおっきくなったのねぇ」
「夏美……そんな言い方したら、本当におばさんになっちゃうから止めなさいって」
「あ…やだもーっ」
 二人はまたクスクスと微笑った。
「でもそれくらいの歳だと、黒羽くん覚えてないんじゃない?私もそれくらいの頃の記憶って、全然無いもの」
「……いえ、覚えていますよ」
 オレは微笑って言った。
「え、ホント?すごーい」
「記憶力良いのねぇ」
「じゃないと客の顔なんか覚えてられないわよねぇ」
 え、覚えてるの?そーよ、二回目で挨拶されちゃったもの……




 そんな彼女たちの会話を、オレは微笑みを絶やさずに聞いていた。



 一度は忘れていたものの、もう一度忘れる気になどならなかった。
 驚くほど大きな白亜の城。
 見せてもらった、沢山のからくり。
 それから、老婦人の優しい手と、優しげに光る灰色の目。








 あの灰色と同じ色が、今、オレの前で楽しそうに微笑っていた。



















 世紀末を生きた、あのマリアと同じ目をして。


















 世紀末が見る夢 Fin.












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