Detective Conan

世紀末の見る夢





















 入り口は開きっぱなしで、執務室には誰も居なかった。少々時間を食い過ぎたのかもしれない。
「…なんだ!?」
 執務室を出た途端、熱い気がオレを襲ってきた。炎だ。城が、燃えている。
「……っとまったぁ…」
 一階にも数多くの部屋が存在する。何処に行ったのかと見回した途端、騎士の間から毛利の声が聞こえた。
 …おかしい。毛利はまだ下に居る筈だ。
 続けて聞こえた声は…白鳥刑事の声だった。
「…此処か」
 なるほど、ボウズが出している声、だな。
「そうだろ、怪僧ラスプーチンの末裔…青蘭さん」
 ああ、解った。前にボウズが使っていた、あの機械だろう。雪山で一度見たことがある。いつかバレるんじゃないかと、見ていてヒヤヒヤしたものだ。
 オレは燃えさかる炎を避けながらも、あの場に出ていかない事を決めた。出ていけば、ボウズが種明かしする機会も失ってしまうだろう。
 大丈夫、ヤツはそれほど浅はかでも能なしでもないのだから、と自分を落ち着かせた。あの名探偵と来たら、スレスレの賭がお得意だから、見ていて心配にすらなるのだ。
「ふん、最初は気付かなかったよ」
「その声は寒川!?」
 驚いた様子だった。相手があのボウズだと気付いていないのだろう。
「浦思青蘭の中国名、プースチンランを並べ替えると、ラスプーチンになるなんてな!」
 …な、なんて下らないアナグラム、とオレはがっくり肩を落とした。中国語は詳しくないもんなぁ。なるほどね、それであんなに不自然な名前だったワケだ。しかも「ン」が一個多いし。マイナス十点。
「お、オマエは……オマエは、私が殺したはず!」
 ガラン、と何かが崩れる音がした。追って、二発の銃声。
「ロマノフ王朝の財宝は、本来、皇帝一家とつながりの深いラスプーチンの物になる筈だった。そう考えたアンタは、先祖に成り代わり財宝の全てを手に入れようと考えたんだ…」
 …なんつー浅はかな思考だよ、全く。ただ単に金が欲しかっただけじゃないのか、と一瞬思いそうになった。まあ、彼女には彼女なりの信念って物があるんだろうが。またもやマイナス二十点。
 尤も、成り代わって盗みを働いている、と言う点においては、オレも同じ…か。
「執拗に右目を狙うのも、惨殺された祖先の無念を晴らすためだろう?」
「乾……」
 良くもまァ、コロコロと変わるものだ。あの機械、相当使いこなしているんだろうな。
「…ボク一人だよ」
「何っ!?」
 次に聞こえてきた声は、ボウズの物だった。どうやら、種明かしのメインに入ったらしい。
「コレ、超ネクタイ型変声機って言ってね、色々な人の声が出せるんだ」
「オ、オマエ、一体…」
「…江戸川コナン、探偵さ」
 炎は益々燃えさかり、すっかりと辺りを覆っていた。あまり長居は出来ないだろう。脱出ルートを考えながら、オレは耳を澄ませた。
「寒川さんを殺害したのは、アンタの正体がバレそうになったからだ。寒川さんは人の部屋を訪問しては、ビデオカメラで撮っていたからね。咄嗟のことで裏返すのを忘れた写真…それは恋人の写真なんかじゃなく、グリゴリー・ラスプーチンの写真だった」
 …先祖を崇めるのは良いことだが、崇め過ぎだよオマエ…。マイナス十五点。
「グリゴリーの英語の頭文字は『G』だが、ロシア語では『Г』だ。だから、喜市さんの部屋にあったゲー・ラスプーチンのサインを見ても、すぐには繋がらなかった。
 寒川さんにラスプーチンの写真をビデオに撮られたと思ったあんたは、ヤツを殺害に行った。
 そうだろ、青蘭さん……いや、スコーピオン!」
 あんまりにも短絡的な思考だと言わざるを得ないだろうな。マイナス十点。
「フ…良く分かったねぇ、ボウヤ」
「乾さんを殺したのは、その銃にサイレンサーをつけている所でも見られた…ってとこかな?」
「おやおや、まるで見ていたようじゃないか」
「でもおっちゃんを狙ったのは、ラスプーチンの悪口を言ったからだ!」
 激高したような、ボウズの声が聞こえる。
 無理もない。身近な人間が殺されそうになったわけだから、怒って当然だろう。
 しかし、彼女の行動はまるで子供だ。銃を持っている分、始末が悪い。マイナス十点。
「そして、蘭の命までも狙った…」
「おしゃべりはそれくらいにしな!…可哀想だが、アンタには死んで貰うよ」
 オレが立っている辺りにも、炎が近寄ってきた。これ以上はマズイ。
 そろそろ種明かしも終わりだし、とオレは中をそうっと覗き込んだ。立ち上がる炎の向こうに、青蘭が銃を構えている姿が見え隠れしている。
「その銃、ワルサーPPK/Sだね。マガジンに込められる弾の数は八発…」
「ん?」
「乾さんとおっちゃん、蘭に一発ずつ…今ここで五発撃ったから、弾はもう残ってないよ…」
 …こ、この期に及んで挑発かよボウズ!丸腰で!?
 オレは慌ててトランプ銃を取り出し、素早く炎に身を隠して中に入った。ボウズ達の話している左側の通路へと入り込み、辺りを見回した。
「フッ…良いことを教えてあげる。あらかじめ銃に弾を装填した状態で八発入りマガジンをセットすると、九発になるのよ」
 鎧の飾ってある棚の上に、隙間が空いている。しゃがむ程ではないが、入れない事もない。オレは音もなくその棚に飛びつくと、その隙間に体を滑り込ませた。
 よし、見える。問題ない。
「つまり。この銃にはあと一発弾が残っているってこと!」
「…じゃあ撃てよ……」
 微かに彼女が怯むのが、オレにもハッキリと見えた。
 既に随分と煙が上がってきている。かなり息苦しいが、まあ仕方がない。コレくらいなら我慢も利くし。長丁場にならないよう、祈って置くしかない。息だってそんなに続かねェんだぞ、ボウズっ!
「本当に弾が残ってんならな」
 挑発に乗ったのかどうか、青蘭の持つ銃が、ゆっくりとボウズを捕らえた。
 炎はもう随分回っている。この棚ももう少しで終わりだろう。
 銃口を構えたまま、オレは少し迷った。撃つべきか、撃たざるべきか。だが、ボウズの顔を見て止めた。
 アイツの顔は、冗談半分で言ってるんじゃない。間違いなく、挑発して撃たせようとしているんだ。
 それが、いかほどの危険性を含むのか、まだ理解しないまま。
「……馬鹿なボウヤ…」
 彼女の声が、一段と低くなった。蔑むような声を放って、彼女は軽く引き金を引いた。レーザースコープは、ボウズの目を捕らえている。
 だが銃弾は、キィンと音を立てて明後日の方向へとすっ飛んでいった。どうやらボウズの眼鏡が、銃弾を弾き返したらしい。なんとまぁ…。
「ど、どうして!」
 とか言っている場合じゃなかったっけ。ボウズの武器が、その「靴」であるのはオレも良く知っていた。何しろ、電話をぶっ壊された経験があるのだから。多分、蹴るものと言えば向こうに倒れている兜だろう。
 だが、オレは舌打ちした青蘭がマガジンを取り出すのを見ていた。間違いなく、ボウズの負けだ。
 ボウズがダイヤルを回す。青蘭がマガジンをセットし、弾を込める。
 ボウズが兜へと走り寄るのと、青蘭が銃口をボウズに向けるのと…そして、オレが青蘭に銃口を向けたのは、全くの同時だった。
 そして、オレの方が早く、引き金を引いた。
「…あっ!」
 エースのカードは確実に彼女のワルサーを弾き、彼女を丸腰にする。
 そして…ボウズの放った兜が、恐ろしいスピードで彼女の腹に命中したのが見えた。
 …そろそろ良いだろう。オレは慌てて燃えさかる棚を下りると、煤を振り払ってドラムバッグを持った。
「生憎だったな、スコーピオン。この眼鏡は、博士に頼んで特別製の鋼鉄ガラスに変えてあったんだ」
 ボウズの声を走りながら聞いた。なんて賭だよ、全く。そんなの、命が幾つ有っても足りねーや。
 オレは棚を回り込み、火を飛び越えてあたかも今着いたかのようにボウズに走り寄った。
「コナン君、大丈夫かい!?」
「う、うん!」
 答えたコナンの目が僅かに逸れた。…しまった、トランプを見てる。気付いたかな、気付いただろうな。目が一瞬細くなったのを、オレは確かに見ちまった。此処まで巧く騙くらかしてたってーのに、最後の最後で。ああ。
 だがオレは何食わぬ顔をして青蘭の体を抱き上げ、ボウズを振り返った。
「さあ、此処から脱出するんだ!」
 多分、思考に入ってしまったんだろう。
「コナン君!」
 オレが強い声で促すと、「あ」と言った顔でボウズは振り向いた。
 …が、一瞬遅かった。崩れた棚や天井が、ボウズの真上から降り注いで来たのだ。
「くっ」
 オレは呻いて飛びすさった。オレの立っていた位置も、直ぐに炎を纏った瓦礫が振ってきたからだ。
 ボウズは何とかしてこちら側に来ようと思ったようだったが、ガラガラと崩れ落ちる瓦礫が、否応なしに彼を襲った。
「うわぁぁっ!」












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