ボウズが、持っていたエッグをそうっと台に置いた。
エッグはライトを下から受け入れると、その天辺までピリリと、まるで痺れるかのように光を通した。
やがて薄く発光を始めたエッグは…ぼんやりと、その存在を幻にでもしたかのようだった。
「エッグの中身が透けてきた…」
蘭さんのぼんやりとした声が耳に届く。見えるはずのない緑のエッグが、赤のエッグを透かして浮かび上がっていた。やがてその緑色も半透明に透けてしまい、最後に見えたのは中に鎮座していた筈の皇帝一家の人形だった。
「ネジも巻かないのに、皇帝一家の人形がせり上がっている!」
「…エッグの内部に、光度計が仕組まれているんですよ…」
キリキリキリ、と人形は上がり、仕掛け通りに持っていた本を開いた。
そこに下から通った光が反射し、その光がガラスに反射する。そうして全てのガラスを反射した光は天へと駆け登り、強く光を放って天井へとそれを映した。
「な、なんだぁっ!?」
「こ…これは!」
「おおっ!」
人々が感嘆の声を挙げる。オレも同時に呻き声を挙げて、光の筋を辿った。
これは…。
「に、ニコライ皇帝一家の写真です!」
熱にうなされたようにセルゲイが言う。
「そうか…エッグの中の人形が見ていたのは、本でなく」
「アルバム…」
「だから、メモリーズエッグだったってわけか…」
言葉通り…このエッグには思い出が詰め込まれていた、と言うわけだ。
だが、まるでこのエッグは…何かを思い出させる。あの、レッドティアーを。
あのレッドティアーと同じように、其処には愛があり、暖かな笑顔が思い出として残されていた。
「もし、皇帝一家が殺害されずにこのエッグを手にしていたら、これほど素晴らしいプレゼントはなかったでしょう…」
セルゲイの声は、感極まって震えていた。
「まさに、世紀末の魔術師だったんですな、あなたのひいおじいさんは」
「…それを聞いて、曾祖父も喜んでいることと思います」
「ねぇ、夏美さん」
毛利の言葉に、微かな笑みを浮かべた夏美は、ボウズの言葉に振り返った。
「あの写真、夏美さんのひいおじいさんじゃない?」
「え?」
「あの、二人で椅子に腰掛けて撮ってる写真…」
ボウズが指さした写真は、他とは違い、穏やかな笑みを浮かべた夫婦の映った写真だった。
「ホントだわ!じゃ、一緒に映っているのは曾祖母ね!あれがひいおばあさま…やっとお顔が見られた…」
「あの写真だけ、日本で撮られたのですね。後から喜市様が加えられたのでしょう」
穏やかな笑みを浮かべている女性は、隣に居る香坂喜市に比べると、だいぶ若かった。そして…彼女に似ていた。夏美さんの、お祖母さんに…。
思い出して、珍しく少しだけ、涙が出た。
やがて、光が尽きたわけでもないだろうに、エッグは自然に発光を止め、その写真を消した。
光を失ったエッグをセルゲイが持ち上げると、それを大事そうに抱えたままで彼は夏美さんを振り返った。
「このエッグは喜市さんの…いや、日本の偉大な遺産のようだ。ロシアは、この所有権を中のエッグ共々、放棄します。あなたが持っていてこそ価値があるようです」
「…ありがとうございます」
セルゲイが何をどのように納得したのかは解らない。だが、何かの確信を持って、彼は夏美さんへとエッグを返したのだ。
「あ、でも中のエッグは鈴木会長の…」
「鈴木会長には、私から話してあげましょう。きっと解ってくれますよ」
…毛利探偵は、充分なほどのヘボ探偵だが、決して物わかりの悪い男ではない。むしろ、良いと形容したいイイ男だ。この手の労力は決して怠らなかった。
もっとも、鈴木会長にはオレから既にメッセージを送っているし、説明するときに多少ややこしい事になるだろう事は目に見えている。ま、それはそれ、信頼されている探偵として、頑張ってくれよ、毛利小五郎サン♪
「あっ!」
先ほどから、灰原哀とぼそぼそ会話を交わしていたボウズが、唐突に声を挙げた。何かに気付いたらしい。
「あのゲーって、まさか!」
げー?って、「Г」?
「何はともあれ、これでメデタシメデタシだ」
「あれはっ!」
呑気に締めを行っていた毛利を振り返り、ボウズが何かに気付いた。
……アレは、レーザーの光!間違えようがない。あの時、オレの目を射抜いた光だ!
「それでは……ん?」
「危ない!」
それはボウズの、咄嗟の判断だった。いつの間にか持っていた俺の懐中電灯を、毛利に向かって投げつけたのだ。慌ててそれを回避した毛利は転倒し(重心が高かったんだろう。柔軟が足りないんだ)、ガウン、と彼の横を銃弾が掠めていった。気付かぬ毛利だけが、なにしやがるとボウズに叫ぶ。
押ちた懐中電灯は、どうやら蘭さんの足下に転がったらしい。思わず拾おうとする蘭さんに、ボウズが慌てて駆け寄った。
「拾うな、蘭!」
「…え?」
…間に合うか。
蘭さんの手にある懐中電灯以外、この部屋に明かりはない。正体がばれることを覚悟して、オレはドラムバッグの中に手を突っ込み、トランプ銃を取り出した。
「らぁぁーーーんっ!!」
構えたが、一時遅かった。再び銃口が火を放ち、蘭さんの脇を掠める。飛びついたボウズが、一歩間に合ったのだ。
「みんな、伏せろっ!」
オレは咄嗟にセルゲイの位置を確認した。先ほどから、乾の姿は見えない。はぐれたのか、それとも……理由は解らないが、セルゲイでないなら、もはや彼女しかいないのだ。
「あっ!」
カツン、と小さな音がした。夏美さんが転んだのだ。
「エッグが!」
…他の人間には見えなくても、オレにはしっかりと見えた。
跳ねたエッグをかっさらっていったのは、間違いなく…青蘭さんだ。
「クソッ、逃がすかよ!」
ボウズが慌てて走り出す。それを見て、オレはトランプ銃を仕舞い、落ちた懐中電灯を拾った。
「毛利さん、後は頼みます!」
ダメ!とボウズを止める蘭さんの声と、おうとオレの言葉に反応した毛利の声が聞こえたが、既に遠かった。
のんびり歩いていた距離は、割合短かった…と思う。オレは全速力でダッシュをしたが、前にいる筈のボウズはなかなか見えてこなかった。小さな体をしているが、アイツも結構早いってことだ。
それとも、身体を痛めているオレの方が、今は遅いのだろうか。スピードが落ちてる?
「!」
ドォォン、と言う爆発音が近くから聞こえた。小規模の爆発だ。間違いなく青蘭の仕業だろう。
脆くなっていたのか、向こうで道が半分以上塞がれているのが見える。ボウズの姿が見えないってことは、既に向こう側にいるのだろう。オレは落ちてくる瓦礫を蹴りながら、身を屈めて向こう側にジャンプした。
瓦礫はドンドンと積み重なり、オレが通り抜けた直後、完全に道を塞いでしまった。
唐突なアクロバットは、酷く体に負担を掛けたらしい。一昨日、負担を掛けたばかりの胸が酷く痛む。
まずいなぁ。無茶しすぎて、ヒビでも入っただろうか。
だが、オレはその痛みを無視して立ち上がった。
後を追うために道を曲がろうとした瞬間、オレの鼻を死の匂いが掠めて通った。…乾の死体だ。かなり早い段階で殺されていたのだろう、もう息絶えてから長そうだった。
その死体も見捨てて、オレは走り始めた。死は嫌いだったし、漠然と悔しかった。探偵じゃないから止めることは出来ないが、身近で行われる殺しに、平気なツラをしていることは出来なかった。
死は、あの思い出に直結してしまうから。
……くっそ、逃がしゃしねェぞ、あの女。フザケんな!
|