新たに開けた道を下りて中に入ると、そこは大きなホールになっていた。自然が作った物ではない。間違いなく、意図的に作られたものだ。
「まるで卵の中みたい…」
少女が呆然と口を開いた。確かに、とオレは思う。ドーム状の丸いホールは、あたかも卵の中に封じ込められたような気にさせるのだ。
入った正面には祭壇のような物が作られており、その前に、それは有った。毛利がランプ代わりに点けていたジッポで左右の蝋燭に火を灯すと、ぼんやりと辺りが見えるようになった。
オレは懐中電灯をバッグにしまい込むと、祭壇らしきものの前に立った。
「柩のようですね…」
「造りは西洋風だが、桐で作られている…」
数十年分の埃が積もった其処には、城や先ほどの壁と同じ、双頭の鷲の紋章が描かれていた。
「それにしてもでっかい錠だな…」
「あっ!夏美さん、あの鍵!」
「え?……そっか!」
ボウズに促されて、夏美さんは何かに気付いたらしい。ハンドバッグの中を漁ると、大振りの鍵を取り出した。形状から言って、この錠の鍵に間違いないだろう。
がちゃりと捻ると、涼やかな音と共に、錠が開いた。
「…この鍵だったのね」
鍵。聞き覚えがあるなと思い返すと、夏美さんがバーに来たとき、一,二度話していた事をオレは思い出した。お祖母さんの遺品、それも夏美さんに譲ると言っていた、あの箱に入っていた鍵だ。
開けても構わないかと尋ねる毛利に、夏美さんは動揺したまま頷いた。
「ふんっ!ぬ、グググ…」
毛利は深く腰を落とし、力を込めて柩のフタを開いた。
「結構、重いぞ!」
頑張れ。そんな重そうな物、オレは手伝いたくなんかないぞ。一人で頑張れ。そんな事を考えるのはちっと薄情かとも思ったが、誰も手伝わない所を見ると、誰しもが同じらしい。それとも、中身に思いを馳せているのだろうか。
バラバラと崩れる埃と共に、中身が姿を現した。
中に眠っていただろう人は、もうすっかり骨だけになっていた。彼女が持っていただろう、大きな灰色の瞳も、消え失せてしまっている。
「遺骨が一体…それにエッグだ。エッグを抱くようにして眠っている…。夏美さん、この遺骨はひいおじいさんの…?」
「いえ、多分曾祖母の物だと思います。横須賀に曾祖父の墓だけあって、ずっと不思議に思ってたんです」
夏美さんは淡々と答えた。
「もしかしたら、ロシア人であった為に、先祖代々の墓には葬れなかったのかもしれません」
その夏美さんの後ろから、セルゲイと青蘭さんが近寄ってきた。
「夏美さん、こんな時にとは思いますが、エッグを見せて戴けないでしょうか?」
「…はい」
夏美さんの表情は、必死に押し殺していた物の…複雑きわまりなかった。遺骨の手からエッグを取ると、「どうぞ」とセルゲイに手渡した。
シルバーのアタッシュケースを下ろしたセルゲイは、大事そうにエッグを受け取り、そうっと上から、下からと眺めやっている。
「…底には小さな穴が空いていますね…」
エッグは、鈴木家に眠っていたもう一つのエッグと違い、深紅に染められていた。だが、そのデザインと言い、確かに「インペリアルイースターエッグ」に間違いない、とオレは思う。
セルゲイが、ゆっくりと赤のエッグのフタを開いた。
「…え?」
「空っぽ!?」
…ああ、やっぱり。
「そんな馬鹿な!」
「どういうことかしら?」
大人達は慌ててエッグを覗き込んでいる。
「…カラ?」
ボウズも同じく、少々呆然としているようだった。
さーて、じゃあオレが種明かしを…
「それ、マトリョーシカなの?」
「え?」
「マトリョーシカ?」
意気込んだ所に、少女の声が響き、オレはすっかり出鼻をくじかれた。
…ま、いっか。
「私んちにその人形あるよ。お父さんのお友達が、ロシアからお土産に買ってきてくれたの!」
セルゲイも、青蘭さんも、些か呆然と少女を見つめていた。
「人形の中に、小さな人形が次々に入っている、ロシアの人形です」
「確かに、そうかもしれません」
青蘭さんの言葉を受けて、セルゲイがエッグを覗き込みながら呟いた。
「見て下さい。中の溝は、入れたエッグを動かないように固定するための物です」
「クソッ、あのエッグがありゃ、確かめられるんだが!」
手に拳を叩きつけ、毛利が悔しそうにそう言った。
その様に、オレはフッと小さく微笑った。
「エッグならありますよ」
「えっ!?」
エッグに集中していた人々の目が、一斉にこちらを振り向いた。人を驚かせるのは、やはり小気味よいものだと思う。その視線が気持ちよい。
「こんな事もあろうかと、鈴木会長から借りてきたんです」
…無断でね。取り敢えず、後々発見するようにとカードを仕組んできたので、まあ問題はないだろう。
「おーまーえー」
ギクリ。
「黙って借りてきたんじゃねぇだろうなぁ」
にじり寄ってきたのは毛利だ。
「や、やだなぁ、そんな筈ないじゃありませんか」
なんでこんな時ばっかり勘が働くんだ、このヘボ探偵っ!
思わず奇怪な笑顔を浮かべちまったじゃねーかよ。誤魔化し笑いってーか。ああ、修行が足りねぇ、オレ。
白鳥刑事らしくない笑みを浮かべていたオレに、救いを差し伸べたのはセルゲイだった。
「早速試してみましょう!」
気が急いているようだった。彼の差し出す左手に、オレは持っていたエッグを載せてやった。
かちり、と小さな音がして、緑のエッグが固定される。
「ぴったりだ…」
「つまり、喜市さんは二個のエッグを別々に作ったんじゃなく、二個で一個のエッグを作ったんですね…」
バラバラだったエッグが、ようやく一つに戻った瞬間だった。この状態である時、このインペリアルイースターエッグはようやく「メモリーズ」の名を得る事になる。
オレはエッグを覗き込んでいる夏美さんの顔を、ちらりと視界の端に押さえた。あなたのお祖母さんが見たがっていたエッグだぜ、夏美さん。
盗みには失敗したものの、彼女にコレを見せてやることが出来て、この時点でオレはかなり満足していた。毒虫の件が残っているけど、すでにアレは俺の中で付属品と化していたからだ。
そんなオレの耳に、あの彼女の声が届いた。
「…不満そうね」
ボウズに話し掛けたらしい。
「ああ…あのエッグには、何かもっと仕掛けがあるような気がしてならねぇ。それこそ、『世紀末の魔術師』に相応しい仕掛けが…」
…穿たれたような気分だった。同時に、やっぱり探偵が嫌いだと思う。
この時点で満足してしまったらいけなかったのかもしれない。
「それにしても、見事なダイヤですなぁ」
表面上はそのまま、内面だけで少々落ち込んでいたオレの耳に、今度は毛利探偵の言葉が飛び込んできた。
続けて、それに答える夏美さんの声も。
「いえ、ダイヤじゃないみたいですよ。ただのガラスじゃないかしら、コレ…」
ガラス?確かに後期、財政難に陥っていたロシアが、多少ランクを落とそうとしても無理はないだろう。だが、ガラス?もっと何か、代わりになるような物があっただろうに。
…ダメだ、考えていても纏まらない。多分、オレには足りていない情報か、繋げるための何かが足りていないのだろう。
「セルゲイさん、そのエッグ貸して!」
緩く頭を振りそうになったと同時に、ボウズの声が耳に届いた。
…何かを思いついたのだろう。
「またコイツは…コラ、コナンっ!」
「まあ、待って下さい毛利さん」
殴ろうと暴れる毛利を片腕で封じ込めて、オレはボウズを振り返った。
「何か、手伝うことは?」
「ライトの用意を!」
ここは大人しく助手になり、謎の解明でも手伝いますか。
バッグから懐中電灯を取り出し、オレはボウズの後を追った。
「ライトの光を細くして台の中に!セルゲイさん、青蘭さん、蝋燭の火を消して!」
オレは短く「解った」と応答して、ライトを細め、懐中電灯を台の中に沈めた。具合の良いことに、台の中央には細くライトが入るだけの穴が空いている。中に入れると、ぴったりと収まり、真っ直ぐに天井を照らした。
「一体何をやろうってんだ?」
「まあ、見てて」
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