Detective Conan

世紀末の見る夢





















 さて、ここで間違えたら元も子もない。せっかくこの白鳥と言う男に化けた苦労まで、水の泡になっちまうってわけだ。
 気を取り直して、オレは表情を引き締めた。
「しかし、スコーピオンがもう一つのエッグを狙って、香坂家に現れる可能性はあります」
「え?」
 夏美さんが驚いたように顔を上げた。
 オレは更に表情を引き締めて、言葉を続けた。
「いや、既にもう向かっているかも…。目暮警部!明日、東京に着き次第、私も夏美さん達と城へ向かいたいと思います」
 つまり、警察側として、自らボディーガードを買って出たわけだ。
「わかった、そうしてくれ」
 案の定、目暮は真剣な顔つきで了承した。
 やりぃ。って言うほどの事でもねーな。本当に一番可能性の高いパターンに進んだだけだ。
「オイ、聞いたとおりだ。今度ばかりは、絶対に連れて行くわけにはいかんからな!」
 横で、毛利が釘を差している。大方、どの事件にも首を突っ込んでくるこのボウズを案じての事なんだろうが……それをされちゃ、オレが困る。
 探偵役はアンタにはちょっと荷が重いだろうし?
「いえ、コナン君も連れていきましょう」
 オレはすかさず口を挟んだ。
「何っ!?」
「彼のユニークな発想が、役に立つかもしれませんから…」
「…コイツの?」
「ええ……」
 オレはボウズを見下ろして、ニヤリと笑って見せた。
 そ。オレは怪盗。コイツは探偵。
 スコーピオンを追い詰めるのに、残念ながらオレは不適切だ。オレだと、探偵のようにスマートに、頭脳を用いて見破り、追い詰める…なんて芸当は上手く出来そうにないし、第一面倒くさい。
 探偵役は必要不可欠。なら、オレは断然、コイツを選ぶ。
「大丈夫、危ない真似をさせないようにすれば良いんですから」
「…まあ、アンタがそう言うんなら、仕方がないでしょうな。オイ、白鳥刑事に、ちゃんとお礼言っとけよ?」
「え、あ、ありがとうございました…」
 毛利が仕方なしに頷き、ボウズの頭を押した。
 ボウズはと言えば、オレに何かを気付いたらしく、眉を少し顰め、呆然とオレを見ていたのだが…毛利に頭を押され、仕方なくぺこりと頭を下げた。
「さあ皆さん、今日はもう遅い。部屋でお休み下さい!」
 パンパンと目暮が手を叩き、室内の人々を部屋へと誘導し始めた。
「毛利さん、コナン君も、聞いた通りです。今日はもう休みましょう」
 白鳥らしく笑い、オレは彼らの背を軽く押した。
「目暮警部、現場の方はどうしましょうか?」
 全員を部屋に送り終わった後、高木はそんな事を言い出した。
「うむ、そうだな…部屋に、カギを掛けておけば、取り敢えずは問題ないだろう。鈴木会長、マスターキーをお預かりしても構いませんか?」
 目暮に話を振られ、最後に残っていた鈴木会長はこくりと頷いた。
 懐に持っていたのだろう、マスターキーを取り出して、目暮警部へと手渡す。
「お願いします。個室のカギは…西野君が持っていると思いますが」
「ありがとうございます。可能性は薄いが、調べてない部分にスコーピオンの痕跡があるかもしれん。このカギは私が持つとして…高木君」
「はい」
「カギを、西野さんの所に取りに行ってくれるか」
「分かりました」
「白鳥君は…明日のことがある。しっかりと休んでおいてくれ」
「はい、分かりました」
 白鳥らしく、頷いて見せた。






 あてがわれていた部屋に入って、腰を下ろして。
 ふーと息を吐いて、ベッドに転がった。
 ……と言っても、寝れるわけがない。警察の居るトコで、寝れるわけもねーしな。
 取り敢えず、外しておいた船の無線を耳の穴に突っ込んでおく。
 …感度は、良好。
 外の気配を充分に窺ってから、オレは気配を静寂に同調させて部屋を出た。
 この船の見取り図は既に頭の中にインプットされている。金庫室は確か…この一つ下。
 当たり前だが、船の中は静まり返っている。
「…………」
 確か、金庫室はこの二つ下の層にあった。船内の見取図と警備体制を頭の中に描き、照らし合わせる。
 誰にも見つからずに進むには……と。
 時計を見て現在の時刻を確認し、俺の頭は一番確実なルートを選び出した。
 気配を探りながら、ゆっくりと歩を進める。
「…………」
 元々、身分の不確かな者は乗せていない(筈の)船だ。警備の手は、さほど厳しくはない。警備用のカメラなら付いていたが、死角に入りながら進むことは、特に難しい事でもなかった。
(あっまー……)
 ドロボウサイドが、思わずそんな事を考える。
 さて、問題は金庫室の入口だ。
 警備員は、ドア向こうの鉄ごうし前に、左右一人ずつ。オレは催眠ガス入りのカードを、僅かに開いたドアの隙間から滑らせた。カードはシュウシュウと音を立て、やがて彼らを眠りの縁へと誘った。
 ガスが消失した頃、気配を伺って中に入る。
 ま、良くおやすみですコト。
 オレ警備員を捨て置き、鉄格子の向こうへと目を走らせた。暫く見た後に目を細め、特殊なゴーグルを取り出した。
 ……ああ、やっぱり。
 赤外線センサーで、部屋の中はいっぱいだ。地図の裏には、カメラの設置されている気配もある。
 これを無効化する為には?っと。
 警備員二人を軽く見比べた。片方はしっかりしているように見える…だけのぺーぺーだ。重要な物を持っていそうな匂いが、まるでしない―――馬鹿にしてはいけない。一流のドロボウは、一流の第六感を持っているものだ―――。
 もう一人の警備員の懐を、オレは漁った。そこには、普通とは明らかに違うキーと、カードがあった。錠前は……この辺りだろうか。壁を手で撫でる。微妙に違う手触りを感じ取って、オレはそこを調べた。壁はスライド式になっていて、カードリーダーと……あ、カードリーダーしかない……?
 マズイ。この展開は、非常にマズイ。
 鉄格子を挟んで向かい側の壁を探ってみれば、思った通り、同じタイプの物が隠されていた。此方は錠前で、鍵を差し込むらしい。……つまりだ、これは二人居ないと、開かないタイプ。
 ……困った。装備なんて、今回は大したことないしな…どうしたものか。
 その場でしばらく考えたが、よもや警備員を起こすわけにもいかないし(ってか面倒。何のために催眠ガスを使ったのか、解らないじゃないか)。
 迷った末に、オレはカードリーダーのハッキングをすることにした。まず、長めのコードを使ってカードリーダーのパネルに直接接続する。次にハッキングを施し、いつでもOKの状態を創り出してから、カギを回すタイミングと同時にカードリーダーを支配した。そう、通されたと誤認させる為だ。
 …ちっと手間ァ掛かったかな。まあ、良いや。一応、範囲内だ。
 正当(一応な)に開ければ、赤外線センサーは無効化される。オレは堂々と中に入り、金庫の前に立った。金庫の錠は電子錠だ。そうっとパネルを開き、コードで直接オレの持ってるモバイルに繋ぐ。
 9桁ナンバーですか、上等。
 あまり時間がないので、手早くハッキングを仕掛けた。ハッキング自体は大したことはない。かなり巧妙に仕組まれてはいるが、オレの手に掛かれば大した労力を使うものでもない。いっそダイヤル式の方が厄介なくらいだ。デジタル式って、結構簡単。
 手軽に金庫を開けると、中は広く、部屋のようになっていた。壁一面に引き出しが並び、真ん中に八角形の台がある。ボタンを押せば、空気の漏れる音と共に、エッグの登場だ。
 オレはそうっとエッグを取り出し、あらかじめ作っていた偽のエッグを置いた。ニセモノを作るのは基本中の基本だ。持ってきて正解だったな。
 金庫室を全く元通りにし、オレは鉄格子前のカードリーダーから再びハッキングを仕掛けた。デジタルで管理されている入室情報やカメラの映像など、あらゆる情報を消去し、偽の情報を置いた。
 そうして全ての証拠を抹消すると、彼らにカギを返してから、何食わぬ顔で揺さぶり、起こした。
「…あ、あれ、白鳥警部…」
「大丈夫ですか。二人して居眠りなどして…」
「はっ、済みません!」
 警備員達は直立不動になると、自分の持ち物を―――勿論、カギだ―――確認し、入室等のデータを確認した。当然そこに、先ほどの侵入ログは、ない。
「眠かったのでしょうが…少々、不謹慎ですよ。スコーピオンは逃げましたが、何があるとも限らないのですから…」
「申し訳ありません」
 本当に済まなそうに謝る二人を笑って許し、オレはその場を後にした。
 …今夜の仕事は、これで終わりだ。予告状無しで何だが…ま、いっか。
 その内、鈴木会長には手紙でも出そうと思いつつ、オレは部屋へと戻った。
 眠れると良いんだけど。












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