「それは私が証人になります。彼は少しでも羽毛があると、くしゃみがとまらなくなるのです」
ラウンジに戻って同じ質問をした目暮警部に、鈴木会長は当たり前のように答えた。
「だから西野さんの枕は羽毛じゃないんだね!」
なるほど、さっき枕を触ってたのはそう言うわけか…。
「そっかぁ、西野さんが蘭の部屋を逃げるように出ていったのは、鳩がいたからなんだ!」
…やっぱり、あん時の鳩はボウズが保護してくれてたのか。
思わず安堵の念が広がる。
「となると、犯人は一体…」
「警部さん、スコーピオンって知ってる?」
「スコーピオン?」
お、おいおい…。
確かにその可能性は高いかもしんねーけど、いきなりそんなこと言い出して…疑われるとかそう言うことは考えねーのかね、このボウズは。
これが元々あの工藤だってーのは、どうしても信じられん。どうも無鉄砲過ぎる気がするぜ。
…いや、推理バカってことの証明になるか…。
推理する事以外、なんも考えてねー感じ。蘭さんに疑われてもやむを得ないよなー。
「いろんな国でロマノフ王朝の財宝を専門に盗み、いつも相手の右目を撃って殺してる悪い人だよ」
「そう言えばそんな強盗が国際手配されておったな…えーっ!!それじゃ今回の犯人も?」
「そのスコーピオンだと思うよ…多分、キッドを撃ったのも」
「なんだって!?」
「キッドのモノクルにヒビが入ってたでしょ?スコーピオンはキッドを撃って、キッドが手に入れたエッグを横取りしようとしたんだよ!」
完全に推理に夢中になってんな、こいつは。
「なんでオメー、スコーピオンなんて知ってんだぁ?」
「あ、いや、でも、あれが、つまり…」
「阿笠博士から聞いた…」
「!?」
コナンが勢い良く振り向いた。なんで知ってるんだ!ってな顔だな。
こういう時は、言い訳くらい用意しておくべきだぜ、名探偵?
「そうだよね、コナンくん?」
オレって優しい。思わず手助けなんぞしちまってさ。
「あ、うん、そう…」
笑ったりびっくりしたり、コナンは百面相をしている。
ぶっ、見てて飽きねーな。
そうして百面相をしているボウズは、どうやら蘭さんの視線に気付いてないようで…。
いいのかよ、そんな悠長なことでさ。
「しかしスコーピオンが犯人だったとして、どうして寒川さんから奪った指輪を西野さんの部屋に隠したんだ?」
「それがさっぱり…」
やーっぱりダメだ、このヘボ探偵。
対して、小さな探偵はと言えば、こちらを伺い見ながら冷や汗を流している。
オレの前で、道具を使っての推理披露とは行きたくないんだろう。
しばらく考えた後、ボウズは不意に西野さんを振り返った。
「ねぇ、西野さんと寒川さんって、知り合いなんじゃない?」
どうやら、普段とは違う別の方法を考え出したらしい。子供らしくにっこりと笑ったまま、指を立てて無邪気に西野さんへと話しかけた。
「昨日、美術館で寒川さん、西野さんを見てびっくりしてたよ!」
「ホントかい?」
西野が聞き返すと、ボウズは表情を崩さないように話を続けた。
…隠しても、冷や汗かいてちゃバレバレだぜ、ボウズ。
「西野さんってずっと海外を旅して回ってたんでしょ?きっとその時、どこかで会ってるんだよ!」
年端もいかぬ子供に言われ、西野は「うーん…」と頭を抱え込んだ。そうしてしばし考えてから、「あーっ!」と驚いたように顔を上げる。
何かを思い出したらしい。
「知ってるんですか、寒川さんを!」
目暮警部の問いに、西野はすなおに答えた。
「はい、三年前に、アジアを旅行していた時のことです。あの男、内戦で家を焼かれた女の子を、ビデオに撮ってました。注意しても止めないので、思わず殴ってしまったんです……」
オレはぎゅうと眉を顰めそうになった。
そういう男はオレも嫌いだね。マスコミには良く居るタイプだけど。
真実を明らかにして、二度と同じ事が起こらないように、多くの人に知らしめる。…生け贄ってわけですか、彼らは。
オレは昔を思い出して、少々気分が悪くなった。昔も今も、その手の人間は全く変わることなく、情報最優先で人々の心の傷を逆撫でる。
少々申し訳なさそうにしている西野に、ボウズは嬉々として話し掛けた。
「じゃあ寒川さん、西野さんのこと恨んでるね、きっと!」
「わかった!」
手を打って自信ありげに笑う毛利を振り返り、ボウズは「よしよし」と言わんばかりに笑った。
ははぁ…なるほど。
「西野さん、アンタがスコーピオンだったんだ!」
かくり、とボウズが傾く。
ま、気持ちは分かる。頑張れボウズ。
「毛利君、それは羽毛の件で違うと分かったじゃないか…」
「あ、そうでした」
頭を掻きつつ照れ笑いをする毛利探偵を後目に、ボウズはめげることなく西野に言い退けた。
「でも西野さん、助かったね」
「え?」
「だって、寒川さんが西野さんに殺されてなかったら、西野さん、指輪ドロボウにされてたよ」
からりと言いのけたボウズの言葉に、毛利はようやく気付いたようだった。
「…ん?待てよ?…そうか!」
毛利はくるりと向きを変えると、目暮に向かって拳を握って捲し立てた。
「この事件、二つのエッグならぬ、二つの事件が重なっていたんです!」
二つの事件?と目暮が不思議そうに聞く。
「一つ目の事件は、寒川さんが西野さんをはめようとしたものです。彼は、西野さんに指輪泥棒の罪を着せるため、ワザとみんなの前で指輪を見せ、西野さんがシャワーを浴びている間に部屋に侵入し、自分の指輪をベッドの下に隠したんです!」
あらまぁ、そらまた随分とちゃちな仕返し。
しかし、アンタそんなにえばって喋る事でもないだろーよ、毛利さん。
あれだけヒント貰えば、分からない奴の方がおかしいって。
「そして、ボールペンを取った。西野さんに、指輪泥棒の罪を着せる為に……ところが、その前に第二の事件が起こったんです。寒川さんは、スコーピオンに射殺された…」
毛利は目を閉じて、蕩々と自分の推理を語って聞かせた。
陶酔しきってるよ…。
「目的はおそらく、スコーピオンの正体を示す何かを撮影してしまったテープと指輪…。しかし、首から掛けてあった筈の指輪が見つからないので、スコーピオンは部屋中を荒らして探したんです」
「凄いや、おじさん!名推理だね!」
「ふん、オレに掛かればこれくらい…」
…どこまで鈍い人なんだろうかね、この毛利探偵って人は。
自分が操られた事になんか、全く気付く様子もない。確かに傀儡としてはこれ以上にない適役者だ。
だけど、残念ながらオレにはその後ろに糸が見える。ボウズが先を握る、操り人形用の糸が…。
「…と言うことは、スコーピオンはまだこの船のどこかに潜んでいるという事か!?」
「そのことなんですが…」
おおっと、オシゴトオシゴト。
オレは白鳥の声を出すと、目暮警部に向き直った。
「救命艇が一艘、なくなっていました」
「なにっ!?」
「それじゃスコーピオンはその救命艇で!?」
「緊急手配はしましたが、発見は難しいかと思われます」
「取り逃がしたか……」
目暮警部は厳しい目で中空を睨んだ。
よほど、取り逃がしたのが悔しかったらしい。
無くなった救命艇の緊急手配をしたのは事実だ。先ほど、ボウズが電話をしている最中に、一応は「白鳥として」、緊急手配を済ませておいた。
だが、オレがスコーピオンだったら、間違いなく内部に何喰わぬ顔で戻っているだろう。わざわざ逃げる必要のない身分になって、だ。
消えた救命艇は、銃で穴でも空けてから下ろしておけば、後は勝手に消えて無くなってくれる。「逃げるスコーピオン」の影を残して、だ。
「何はともあれ、殺人犯がこの船に居ないと分かってほっとしたぜ。なぁ?」
一時の静寂を突き破ったのは、乾というブローカーだった。
寒川の死など、まるきり他人事と言った表情で、安心している。
「はい、安心しました」
その声に答えたのが、香坂家の執事だ。彼の表情は乾とは違い、主人が巻き込まれなかった事の安堵感を前面に押し出していた。
同じ老人でも、表情はここまで違う。
安心しきっている雰囲気に、オレは少々心の中で眉を寄せた。
みんな、単純だな。
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