名古屋までぐっすりと休眠したオレは、名古屋〜東京間でノートPCを使ったハッキングを行っていた。
右目の視力が危うい上に、不安定な回線を使ってなんだが…今は時間がない。
メモリーズエッグはコナンから鈴木会長の手に戻り、現在は鈴木財閥所有の船で東京に向かってるらしい。東京に先回りすれば、なんとか間に合う。
それに…。
『右目に針を持った深紅の毒虫が…あなたを狙っているわよ、怪盗キッドさん』
毒虫。妙に気にかかる。
右目に針を持った、ってのは、右目を狙うって意味なんだろうけど…恨みを持っている、ってことかな。
紅子は確か…。
『深紅の毒虫は、深い海の底で虎視眈々と獲物を狙っている…自らの領域を侵す者へ、制裁を加えるために。貴方が飛ぶなら、毒虫は狙うわ』
領域を侵す者。つまり、オレがメモリーズエッグを狙ったことが毒虫にとっては領域を侵していることになったってことだよな。
ただオレを殺すんだったら、この間の仕事ん時だって構わなかった。
例の組織…かとも考えたけど、どうもおかしい。それなら、領域…なんて紅子は言わなかっただろう。
それに、今回の獲物が領域を侵しているとは思えない。
メモリーズエッグだ。アレに関わる事が、何かあるはずだ。
警視庁のサーバー内に侵入し、そこから警視庁にある個人のPCへと飛んだ。
今休暇中の刑事…出来れば、二課よりも一課の方がいい。
…毒虫は右目を狙っているのだから。
くそっ。モノクルを強化しといて、正解だったな。結局砕けたし落ちたけど、貫通だけは免れた。
お陰で視力、なんだか無いんだけど。
…お、いた!白鳥任三郎。警部補。休暇で軽井沢の別荘に行ってるのか。
コイツのデータなら、オレのPCに入っていた筈。
後は、無線の番号だ。これがわかんねーとな…。
よし、見付けた。
これで……段取りは出来たな。
あとは計画を、実行するだけだ。
警視庁の近くで盗聴をしながら、オレはうとうとと眠っていた。
服は既に着替えてあるし、身体の調整も終わっている。
あとは、タイミングを計るだけなんだけど…。
「ほあぁぁぁ…」
あくびが出るな。眠いのも仕方がねーけど。結局、四時間くらいしか寝ていない。
朝から色々と用意をして、結局ここに着いたのが昼過ぎ。あれからずっと待ってはいるが、どうも事件らしい事件も入ってこない。
片耳を殺人課、片耳を船の無線電話。かなり眠い。
やると思ったんだけど……予測、外れたかなぁ。
未遂で止まってたりして。ボウズが一緒だから、ないとは言えないけど。
でも、未遂でも一課に報告入るよなぁ。誰も何もしなかったのか?領域侵さないと、毒虫も動かないだろうしなぁ。
つらつらと考えつつ船を漕いでいる内にもう七時半を過ぎてしまった。
熟睡しないと疲れがとれない…とはいえ、なんだかまともな眠気が訪れない。
うとうとなら出来るんだけど。
『警部殿!!毛利です。実は、船の中で殺人事件が起きまして…』
『なんだとぉ!?』
おっと、毛利探偵と目暮警部の声だ。ああ良かった、来た来た。
オレは飛び起きて変装用のマスクをかぶり、鏡で確認をして、最後にデータを読み返した。
憶えちゃいるが、念の為…ってやつだ。
『被害者は寒川竜と言う、フリーの映像作家でして…』
「さて…行きましょうか」
ブルーのドラムバックを持って、鍵を抜こうとすると、『分かった、すぐに行く!』と目暮警部の声が聞こえてきた。
やべやべ、急がなきゃな。
1階のエレベーターホールに着いたところで、ちょうどエレベーターが下りてきた。
「あ、目暮警部…」
ナイスタイミングっ!
「白鳥くん!休暇で軽井沢じゃなかったのかね?」
「別荘にいても退屈なんで…事件ですか?」
「ちょうどいい!!キミも一緒に来てくれ!!」
なんて言うか、計算通りの展開になった。
騒音を立ててヘリコプターが向かったのは、やはり鈴木財閥所有の船だった。
「しかしね、参ったよ」
話を聞いて用意された人物の簡単な資料(って言うより、メモ)を眺めながら、疲れたように目暮警部が言った。
「あれは、凄かったですからねぇ」
「…何のお話です?」
高木刑事が同意したように言うのを聞いて、オレは思わず口を挟んだ。
すると、目暮警部が可笑しそうに笑った。
「いや、中森だよ。報告の為に命令されて一度戻って来ていたんだが、ものすごい剣幕で怒っていてねぇ」
「広い室内の隅々まで響き渡るような、ものすごい声だったんです」
「…何をそんなに?」
「うん?ニュースを見ていないかね?」
あ。そうか。オレ、か。
…見てないっぽい返答しちまったし、合わせておこう。
「ええ、残念ながら。移動中は、本を読んでいましたし……大阪のインペリアルエッグに、キッドが予告状を出した、と言うところまでは見たんですが」
「そうかね。実は、エッグが盗まれた後、逃走中のキッドが撃たれて、海に落ちたんだよ」
「捜索したんですが見付からなかったらしくて……」
苦笑いを浮かべて高木が言葉を継いだ。
「誰かが、流石のキッドも死んだんじゃないか、って漏らしちゃったらしいんですよー」
「おや……」
なるほど、それはそれは。
出なくなってからも延々とキッドを信じ続けていた警部の事だ。それはさぞかし堪えた事だろう。
悪かったなぁ。なんか連絡して上げれば良かったかも……いやー、それもアレか。後日、陣中見舞いでも送っておくことにしよう。季節柄、やっぱりお中元だろうか。
「まあ、キッドが撃たれたお陰でエッグが戻って来たんでしょうけどね」
「こら高木君、そんなことを言って……中森が聞いたら怒るぞ」
「あ」
慌てて高木が口を塞いだ。
どーせ撃たれましたよ。あーあ、油断してましたともさ。
チェッ、なんて思いながら資料に目を落とすと、人物リストの中に、夏美さんの名前を見付けた。
あらら。乗り合わせてんのか!
一応、簡単に職業も書いてあるから、オレは遠慮なく質問をした。
「この、香坂夏美さんというのは…船内のパティシエですか?」
「いや、どうやらエッグの事を知っているらしくて、話を聞く為に乗船したそうだよ。実家も東京だと言うことだし、一緒に帰ればいいと言う話になったそうでね」
「なんでも、横須賀に城を持つような、お嬢様らしいですよ」
アレの事か。
「いいなぁ。僕も、明日付いていきたいくらいですよ。そのお城っての、見てみたいなぁ」
「何を言っとるのかね、高木君。仕事仕事。……まあ、見たいなら非番にでも見に行けばいいじゃないか、彼女と」
「なななな、何を言うんです目暮警部ッ!」
慌てた高木刑事を後目に、オレは不思議に思った。
あれ、帰るなら東京の方の実家だろ?
「明日、とは?」
オレの質問が絶妙な合いの手になったんだろう、高木刑事が嬉々として振り返り、慌てたように口を開いた。
「あ、明日、二個目のエッグを探しに、横須賀に向かうんだそうですよっ!」
「二個目?エッグがもう一つあったんですか?」
「ええ、図面に描かれていたらしくてですねっ」
必死になって逃げようとしている高木をスルーして、オレは適当に応対しながら考え込んだ。
そう言えば、普通のエッグよりも一回り小さかった。
アレが、もう一つのエッグを器として、中に収まるものだと考えれば、確かに大きさも頷ける。
そして、他の多くのエッグと違って、台座がいまいちしっかりしていない点や、宝石が殆ど使われていなかった事も。
……でも、クローバーエッグとか、アレグサンダー宮殿エッグは、似たようなもんか?初期のエッグは台座もねーしなぁ。
ま、いいや。もう一個のエッグが見付かれば、分かるだろ。
そんな事を考えている内に、ヘリは鈴木財閥の船へと到着した。
荒々しい風に吹かれながらヘリを降りると、すぐそこに毛利小五郎が突っ立ってた。
「警部殿!!お待ちしておりました!!」
「…ったく、どうしてキミの行くところ行くところ事件が起こるんだ?」
「いやぁ、神の思し召しと言うか…」
どんな神様だよ、こんな迷探偵を事件に使わす神様ってのは。
どっちかってーとさぁ…
「毛利さん自身が神なんじゃないですか?」
世を惑わせるような、迷探偵さん。
「…死に神と言う名の…」
犯罪を呼んでるのはあんたじゃねーのか?
怯んだ毛利小五郎に一瞥をくれて、オレは船内へと入った。
殺しは、船内の一室で行われていた。
「被害者は寒川竜さん、三十二歳……フリーの映像作家か」
「警部殿!これは強盗殺人で犯人が奪ったのは指輪です!!」
「指輪…?」
目暮警部が不思議そうな顔をする。
「はい!!ニコライ二世の三女・マリアの指輪で、寒川さんはペンダントにして首から掛けてました!!」
「指輪を盗るだけなら、首から外せばいいだけでしょ」
意気込んで言った毛利にさらりと言い返したコナンは、切り裂かれた枕を指さした。
「でも、部屋を荒らした上枕まで切り裂いてるのはおかしいよ」
そいつはもっともだ。
寒川は右目を撃たれて死んでいた。オレが狙われたのも右目。
…やっぱりあの、毒虫だろうな。右目を狙う、って解釈で当たってたのか。
だが、枕まで切り裂きながら、ヤツは一体何を探していたんだ?
「コイツまたチョロチョロと…」
「目暮警部、床にこれが…」
毛利が怒鳴ろうとした瞬間、鑑識が何かを持って近寄ってきた。
…青の…万年筆?違うな。
「ボールペンか…ん?M・NISHINO…?」
イニシャル付きのボールペンか。犯人の遺留品だと考えれば、これ以上の物はないんだが…なんとも引っ掛かるな。
いかにも、って感じで。
二時間モノの推理ドラマみたいじゃん、これじゃ。
「皆さんはどこに?」
「あ、ああ、こっちです」
毛利の先導で、オレたちはラウンジへと移動した。
「…このボールペンは、あなたのモノに間違いありませんね?」
「は、はい…でもどうしてそれが寒川さんの部屋に?」
とぼけてんのか本当に知らないのか…とぼけてんだとしたら、かなりの演技派だ。
どう見ても、ウソをつけるような人種には見えねーもんなぁ…。
ってことは、やっぱりドラマと同じで引っ掛け、だろうなぁ。
「遺体を発見したのは、あなたでしたなぁ…」
「そうです…食事の支度が出来たから呼びに行ったんです」
「その時、中に入りましたか?」
「いいえ…」
そう答えるだろうな。中に入る必要性がないし、ウソを付いているなら尚更だ。
いや、犯人なら、ボールペンが落ちてたって聞いたら、助け起こそうと中に入ったんだって言うかなァ?
「入ってないアンタのボールペンが、なぜ部屋の中に落ちていたんだ!?」
「わかりません…」
「では、七時半頃何をしていました?」
「えーと…七時十分頃シャワーを浴びて、その後ひと休みしていました」
何から何まで妥当な答え方だ。どこもおかしくはないが、犯人じゃないと言い切れるものもない。
だけど、そうだとしたらコイツがオレを撃った事になんねーか?
…それは納得いかねーな。こんなヤツに撃たれて落ちたんだったら、末代までの恥だ。
ボウズを密かに覗き見れば、顎を摘んでいつものように考え込んでいる。
それを、じっと見つめる蘭さん……あれ?どうも視線がおかしいな。疑ってるっつーか。どうかしたのか…?
「目暮警部!!被害者の部屋を調べたところ、ビデオテープが全部なくなっていました!!」
「何っ!?そうか、それで部屋を荒らしたんだな!!」
なるほど…それでか。
でも普通、枕切り裂いてまで調べるか?んーなに重要なモンを撮ってたのか…?
ああ、ダメだダメだ。探偵業は性に合わない。推理は苦手なんだよなー。
「こらコナン!勝手に動くんじゃ…」
「あ、いいの、私が…」
ん?何かと思って見てみると、コナンが部屋から駆け出して行くのが見えた。そしてそれを追う蘭さん…。
彼女の事を一から十まで知る訳じゃないから何とも言えねーけど、依然調べた分だけで考えてみても、どうもおかしな行動に見える。保護者だからってだけじゃなくて……なんてーんだろうな。
「目暮警部…」
「ん?なんだね白鳥くん」
「まだ犯人が捕まったワケじゃありませんし…蘭さんとコナン君だけでは少々危険かと思います。追い掛けて、此処へ連れ戻した方がいいでしょうか…」
「そうだな、頼むぞ」
「はい」
とりあえず、後を追うことにした。
|