Detective Conan

世紀末の見る夢






















 あたりはすっかり闇に包まれた。上弦に近い月が、天頂へと昇って行く。
 月齢、9.4の夜。
 バサバサと羽音をさせて、鳩が戻ってきた。耳に付けていたイヤホンは、もう役割を果たさない。
 鳩の盗聴器をそっと外し、イヤホンを耳から引き抜くと、オレは笑い出したい気持ちを抑えて手を広げた。
Ladies and ...... Gentlemen!!!」
 笑いたい気持ちを、全てここに込めて。
 誰にも手の届かぬこの塔の上では、この言葉すら誰の耳にも届かない。
 だけど、これでいい。
 今は、観客なんかいらない。
 ああ、ワクワクするぜ。この瞬間がすっげぇ好きなんだ、オレ。
 風に煽られ、上がりすぎた帽子を目深に直し、オレはそのままターゲットを見つめた。
「さあ、ショーの始まりだぜ!!」
 二つの光に、ただ一つの闇。
 その闇が放つ光の祭典を、どう捉えるかな、名探偵クン?
 リモコンを天守閣方面に向け、ボタンを押す。
 すると、ヒュルル…と小気味よい音がして、闇にかりそめの花が咲いた。
 あるものは光の軌道を残し。またあるものは紫の煙を立てあげながら。
 人々の目を引く花火は、大阪城に映える。
 ショーの冒頭を飾る花として、これ以上の物はない。
 しばらくは見物していたが、寺井ちゃんからの連絡もなく、問題ないようなのでオレはまたリモコンを握りしめた。
「さて、お次は…」
 変電所だ。
 虚偽の光が支配するこの街を解き放ち、安らかなる闇へと返す。
 ドォンと鈍い音が、光より随分後に届いた。
 遠くでなる雷のように、その音はゆっくりと空を伝う。
 爆発は、全部で四カ所。数秒で回復されても困るため、メインの変電所だけでなく、サブの変電所も爆破した。爆破っつっても、ケーブルの爆破だけど…メインシステムを爆破したらサスガにやばいし。これで十分から二十分は持つ筈だ。それ以上は、都市機能が完全に麻痺してしまう。
 もっとも、現状でも充分麻痺しては居るだろうけど?多少は仕方ない。死者が出ないことを祈るばかりだ。幸い、停電地区に一分一秒を争う危篤患者は居ない筈。交通事故でも起きなきゃいいけど。
 車からのイルミネーションを残し、大阪は闇へと沈んでいく。
 光の渦から、オレのテリトリーへ。
 懐からスコープを取り出すと、オレはすぐに辺りを見回した。
 左目にスコープを当て、右目で灯りを探す。
 病院とホテルには自家発電装置が備え付けられている。大きな所であれば当然だ。
「…法円坂ミカド病院、ホテル堂島センチュリー……天満救急医療センター、ホテル・チャネル・テン。浪花TMS病院…関西ホテルワールド……」
 全てチェック済みの所ばかり。目当ての灯りは、まだない。
「ん…?」
 チカチカと、ビルとビルの間に灯りが見えた。青に赤の文字が浮かび上がる。Rが二つ。雑居ビルの上に立つ、広告塔だ。
... Bingo!!」
 スコープを懐へしまい直し、オレは足場を蹴って宙に身を躍らせた。
 風がこれでもかと抵抗し、マントは抵抗に負けて翻る。
 そのマントに力を与えるためのボタンを押すと、マントはすぐに怪盗キッドの翼へと変わった。
 さてと、メモリーズエッグを拝ませてもらうかね。


 大阪の不夜城を落とし、辺りは暗闇になった。それでも…空を飛ぶのは怖い。降りるのが怖い。
 空から地へ帰るのが、怖い。
 月の支配する夜の空は、オレを引き留めようと穏やかに包み込む。
 この感覚は、何者にも理解できないだろう。
 ―――飛び続ける、辛さを。
 やがて、目指していた灯りは視界いっぱいに広がった。
 もう一度ボタンを押して翼をしまうと、オレは即座に地に足を着け駆け出した。
 今宵の光は一つじゃない。二つだ。自信を持った笑みの他に、温かい笑顔を持ったヤツがいる。
 だから今回は、時間の勝負だ。
 階段を駆け下り、ドアの隙間からトランプ銃を撃った。トランプは隙間を擦り抜けると、中へ睡眠ガスを叩き込んだ。
「な、何だ!何が起こっ…た、んだ…ぁ?」
 中森警部の声が、次第にフェードアウトしていく。
 …よし。
 中に入り、ドアをきっちり閉じる。机の上にあったエッグを確認し、抱えて窓に寄った瞬間、誰かが飛び込んできた。
「キッド!!」
 …名探偵クンか。お前と勝負するのは楽しいんだけど、今は付き合う気がない。悪いな。
 トランプ銃を発射して、次に入っていた煙幕弾を炸裂させる。
「わっ!!…クソッ!!」
 煙に巻かれたボウズの声を背に、オレはビルから飛び降りた。
 すぐに懐のボタンを押して、出現した翼にオレを運ばせる。高度は大分低いが、これくらいなら問題ない。乱れた上昇気流を掴むとしよう。
「しまった!!」
 後ろからボウズの声が聞こえる。
 ビルの外には、バイクに乗った青年がこちらを見ている。オレは見ない振りをしてそっと彼を窺った。
 …やっぱりな。服部平次だ。


 風を伝いながら上空へ、上空へと昇り詰めていく。
 打ち合わせ通りなら、寺井ちゃんは大阪湾沖に船を出している筈。そこまで飛べば、今回の仕事は終わりだ。
 大阪ドームを過ぎ…天保山大橋や天保山マーケットプレイスを過ぎる。あともう少し。




『右目に針を持った深紅の毒虫が…あなたを狙っているわよ、怪盗キッドさん』




 っ!!
 紅子…が、言った言葉だ。
 なんで突然思い出したんだ?
 確かに、あの言葉に不安を覚えてモノクルにちょっとした細工はしたが……ちっ、結局無駄になっちまった。


 その時だった。地上から、鋭い殺気を感じて、オレは思わずそっちを向いた。
 モノクルに強化されたオレの視界は、闇夜を見透かす力がある。
 ……!!アレはレーザーポインター!?ってことはスコープ付きの…っ
 気付いた時には、既に遅かった。


























 ガ ゥ ン ......
























 一発の銃声が大阪湾に鳴り響き、右目に熱い衝撃を受けた。


 …撃たれた。
 何もかもを放り出して、オレは錐揉みするように落下した。





 ザン!と身体中を冷たい感覚に襲われて、漸くオレは我に返った。
 口を開くと、そこから冷たい物が流れてくる。塩辛い。
 海に落ちたのか…。
 一番近くの岸までなんとか泳ぎ、オレは辺りを窺ってゆっくりと這い上がった。
「寺井ちゃん…に、で、んわ、しなきゃ…な…」
 海に落ちた衝撃で、体力がかなり消耗している。それだけじゃなさそうだ。こりゃマズイ。胸が痛い。
 電話する為に携帯を取り出した瞬間、声がしてオレは身を潜めた。
「これは、キッドの単眼鏡!!」
 …ボウズの声か…相変わらず、いい勘してるぜ。
 さっきまで聞こえていた、バサバサって音が止んだ。
 …あ、オレの鳩!!しまった、エッグと一緒に落ちたか。いや、あのボウズが保護してくれているなら、心配はないんだろうが…。ってーかモノクル…オヤジの形見…ちっ。
「まさか、撃たれて海に…」
 すぐ近くにいるらしい。あのボウズがこっちの方まで来たら、危うくバレてるとこだった。
 僅かに身を隠せるような物陰に横たわり、オレは息を吐いた。
 ボウズが立ち去るまで、オレはそこで息を潜めていた。
 体力が消耗してるってーのに、精神力まで消耗させるんじゃねーよ…。
 ボウズが見ていたってことは、すぐに警察が来る。いつまでも此処に居る訳にはいかねーな。
 スーツとシャツを脱ぎ、懐に入れていたTシャツと短パン(これも濡れてる。げぇー)に着替えてオレは近場の公衆電話へ急いだ。
 息を潜めている間に使ってみた携帯は、塩水を完全に息絶えていた。
 ここからなら…天保山のマーケットプレイスんとこが一番近い、かな?
 海遊館は…見ない見ない!!
 電話を見つけて掛けようとした所で、オレはふと気付いた。
 うわ、財布ってば昼間の服の中じゃん。金持ってねーよ。
 っがくーーーーっ!!一気に疲れが出たぜー。どーしよーかなー。
 …そうだ、無線!!
 ジャケットの裏に入っていた無線は、幸い浸水もそこまで酷くなく、それほどダメージを受けてないようだった。
 オレはすぐさま無線を乾かしたが、乾くまでに一時間近く掛かってしまい、連絡が来たときには死にそうな声で寺井ちゃんが慌てていた。
「寺井ちゃん、すぐ東京に戻ってくれ。出来れば、ノンストップで…」



 紅子が言っていた、右目に針を持つ深紅の毒虫…。








 アイツが、その毒虫だ。












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