目覚めた時には、もう昼の一時を回っていた。
あと六時間ちょいってところか…。
ここからは時間がないから、さっさと終わらせないと行けない。
おっと、コイツを忘れてちゃいけねーな。
オレがすっと腕を伸ばすと、指先には白い鳩が留まっていた。その足下には、小さな機械がついている。
忠実で可愛いオレの相棒。頼むぜ、上手くやってくれよ。
「…行け!」
ばさばさっと音をさせて、鳩は大阪城の方へと飛んでいった。
ウォークマン風のイヤホンを耳に付けて、盗聴に備える。
まず大阪城を回って数十発の花火を仕掛けた後、イヤホンに聞き耳を立てつつも配線を繋いでリモートコントロールシステムを作動させた。
イヤホンの内容に意識を傾けながら周囲に注意を払い、さらにちゃんと作動するように花火とリモコンの受信システムを配線に繋ぐ…ってのは結構大変に見えるが、オレにとっては別に大したことでもない。
狂いが出てなければいいけど。まあ寺井ちゃんがここに付いていてくれる筈だから、何かあっても問題はない。
イヤホン側では、どうやら商談が始まっているようだ。乾と言う男が、会長に迫っているらしい。ああ、コイツか、早速目を付けた美術商ってのは。値段は八億…まあ妥当な線だろうな。
それに加えてロシア大使館の一等書記官・セルゲイ=オフチンニコフ…なんか得も言われぬ名前だけど、こいつはロシアの美術館へ寄贈するように言い寄っている。
ったくよぉ…。
世の中、金、金、金。
やだねぇがめつくて。って、これから盗もうっていう、オレの台詞でもないか。
途中から加わったのは、フリーの映像作家だというサガワリュウと、ロマノフ王朝研究家のホシセイランだ。この辺は情報ないな。後から加わったヤツらかな。研究家はどうやら中国人らしいが…星…と書くのかな?中国語でなんて言うんだろう。わざわざ日本語で名乗ることもあるまいに。
特筆するほどの内容がないため、オレは黙々と作業に励んだ。
それから変電所に移動。こっちは見つからないよう侵入した後、バレないよう入念に仕掛けなければならない。バレたら元も子もないからな。
こっちにも、リモコンで操作出来るようにシステムを作動させる。
1カ所目で爆弾を仕掛けている最中、イヤホン側に変化があった。
『おお、これは毛利さん!遠いところを良くおいで下さいました…』
毛利探偵のご到着だ。
『蘭さんとコナン君も良く来たね。えーと園子、そちらのお二人は?』
よしよし、ボウズも来たな。向こうとこっちを繋いで…あれ、そちらの二人って?
『服部平次くんと遠山和葉さんよ、パパ。平次くんは西の高校生探偵と呼ばれてて、関西じゃ有名だってさ』
あーあなるほど、服部平次か。やっぱり、首を突っ込んだんだな。
はっはぁ、探偵が何人集まったとこで、この怪盗キッド様に敵いはしねーけどな!!
…って笑ってる場合じゃねーや。爆弾、爆弾。
地道な作業が、格好いいキッドを生むのです、っと。
「よし、終わった。寺井ちゃん」
「周囲は無人…大丈夫ですよ、快斗ぼっちゃま」
ぼっちゃま呼びはともかくとしても、名前を呼ぶなっての。
オレはさっさと車に戻ると、次の変電所へと向かった。
『わぁ、エッグを見せて貰えるんだ!』
『見た目はたいしたモンじゃないよ?子供の頃、あたしが知らないでオモチャにしてたくらいだから…』
オモチャぁ?なんだ、鈴木家のお嬢様は随分とまあ審美眼に欠けるようで…。
もっと良いもの見せて貰えよ、お嬢様。
『これがインペリアルイースターエッグ…』
『思ってたよりぱっとせぇへんなぁ』
『ダチョウの卵みたいやね…』
…こりゃ多分、遠山和葉って子だろうな。声に聞き覚えがない。
ダチョウの卵ってさぁ…確かにサイズ的にはそれくらいかもしんねーけど…。
芸術に長けたやつはいねーのかよ。
『これ、開くんでしょ?』
おっ。
『そうなんだよ、よく分かったね…』
この声はボウズだな。多少は知ってるヤツがいたが……あのボウズが芸術に長けてるってのもどうかなぁ。殺人関係だったらよくよく分かってるだろうけど。ま、頭でっかちってとこかな。
『中はニコライ皇帝一家の模型でね、全部金で出来ているんだ』
『へぇ…こりゃなかなかのもんやなぁ』
『これには面白い仕掛けがあってね』
キリキリキリ…と音がした。どうやらねじを巻いているらしい。
なるほど、情報通りだ。ま、もし彼が作った物であるなら、それくらい軽いもんだよな。
『あっ、像がせり出してきた!』
『まるで生きているようにページを捲っているぞ!!』
「ぼっちゃま、着きましたよ」
「ああ、行って来るな」
変電所に忍び込みながらもイヤホンの内容に耳を傾ける。
『へー、おもろいやんこれ…』
『ファベルジェの古い資料に、このエッグの中身のデザイン画が残っていてね。これによって、本物のエッグと認められたんだよ』
デザイン画ってーとアレか。情報通りだな。
オレはさっきと同じように爆弾を仕掛け、気付かれないように隠し、線を繋ぎ始めた。
イヤホンの方ではまだ下らない話が続いている。
『アホ、大阪城建てた太閤さんは、大阪の礎を築いて発展させはった、大阪の光みたいなもんやん』
『その通り!』
お?この声…茶木警視じゃねーか。
『キッドが現れるのは大阪城の天守閣!!これは間違いない…。だが「秒針のない時計が十二番目の文字を刻む時」…この意味がどうしてもわからんのだ!』
なんだよ、まだ悩んでたのか。せいぜい悩んでてくれよ?
その分、こっちは仕事が楽になるしー。
『それって、あいうえおの十二番目の文字とちゃうん?』
おいおい、そこまで単純に作ってねーぜ、オレは。
『じゃあ四時ってこと!』
『いや、キッドの暗号にしては単純すぎる…』
さっすが中森警部!長年のパートナー、よく分かってらっしゃるっ!
『ふ…わかりましたよ警視…』
おお。ヘボ探偵がなんか思いついたな。
手を動かしながら、毛利探偵の続きを待つ。
『あいうえおではなく、アルファベットで数えるんです!!』
…それじゃ同じじゃねーかよ…。
『アルファベット?』
『アルファベットの十二番目は「L」…つまり』
『三時か!!』
おいおい、警視…これだからエリートってのはよー…。
『さすが名探偵!お見事ですな…』
『ナーッハッハ!!』
『間違いない…午前三時ならまだ夜明け前で、暁の乙女へにも合致する!!』
『待ってろよ、怪盗キッド!!今度こそお縄にしてやるっ!!』
待て待て、警部まで!
……あーも、しゃーねぇなぁ。
誰が捕まるかよ、んなアホ推理かましてるヘボ警部やへっぽこ探偵に…。
良いけどね。今回の捕物帖、追っ掛ける側で主役なの、警察やへっぽこ探偵じゃないしー。
ちょいちょいちょいっとやって、これで終わり。残りは二カ所…鉄道関連の発電所だ。
まさか…とは思うけど、念の為。大阪の皆さん、ホンットごめんなさい。
計画に記された数カ所の変電所を回り、仕掛け終わったころにはすでに夕方になっていた。
「予告までまだ二時間半ほどありますな。どうしますか、ぼっちゃま」
「んー…ちょっと街をふらふらしてくるよ。何かあったら電話してくれ」
「なら、通天閣でお待ちしております。」
寺井ちゃんの返事を聞いてからオレは車を降りた。念のために帽子を目深に被って…中森警部にでも見付かったらエラいことだからな。
一番手近な神社…難波布袋神社へと入って、おみくじを引きがてらオレはイヤホンの内容に耳を傾けた。
『…ッドが来るのは明日の午前三時と分かったことですし、それまでどうです?』
『いーっスなぁ♪』
…どうやら、飲みも行くらしい。何考えてんだこいつら。
ってか、午前三時じゃないっての!
『会長!そろそろ…』
ん?警部の声だ。
『そうですな、お願いします…』
『ああ、展示室へ移すんですか』
『ニセモノのほうをね』
『ニセモノぉ!?』
…ほほ〜ぉ?
『今まで我々は、予告状の書いてあるところへバカ正直に獲物を置いて、キッドにやられていました。だったら、何処へ置いてあるか分からなくしようと言うわけです!!』
…やっべぇ、笑いがとまんねーや。
んなとこで笑ってたら、変なヤツだと思われるぜ…。
『なーるほど…で、その場所は!?』
『お教えするワケにはいきません!!知っているのは私と、部下の二人だけです!!』
そ。結局限定できなかったし。この警部、本当に誰にも漏らさなかったんだよな。娘にまで。
秘密主義は立派だけど、だからこそ大阪の皆さんが苦労しちゃうんだぞっ!
って、ちょっと責任転換してみる。
『もちろん彼らが…』
ひっと言う息を吸い込む音が聞こえた。
『キッドの変装でないことは確認済みです』
ぶっ、顔でも引っ張って確かめたのか?
痛そう。大変だな、中森警部の部下ってのも。
『あがっ!!』
あれ、今度は警部の声だ。
『…な!?何を…』
『あなたが!キッドの可能性もありますからな…』
『だったらあんたがキッドの可能性だってあるでしょう!!』
『何を〜〜〜っ!!』
『くの〜〜〜っ!!!』
…なにやってんだか、この二人。
毛利探偵も呆れた迷探偵だけど、これじゃ中森警部だって子供だぜ。
ま、必要な情報は手に入れたワケだし、これ以上は盗聴の必要ないな。
鳩は七時十五分を過ぎたら通天閣の上へ戻ってくるよう躾けてあるから、放って置いても問題ない。なんか面白い情報拾ってくれればめっけもん。
さて、さっき引いたおみくじは…っと。
何々?中吉…まあこんなもんか。中吉が一番良いって説もあるしな。
結婚…良好。すぐして吉。相手がいねーっての。
待人…来ますが問題あり。問題?
金運…上昇。無駄遣いは凶か。はいはい。
旅行…油断禁物。おいおい、幸先わりーな。…下に気を付けるべし、か。落とし穴にでも落ちるってーのか?
商い…必ず成功するでしょう。おお、これこれ!!いいねぇ、これだよ。
よし、なんだか気分はバッチリだぜ。旅行の分を忘れれば完璧だな!
オレは意気揚々と通天閣へ戻った。
寄り道して、たこ焼き買ってこーっと。
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