そして、予告の日の朝。それも五時。
徹夜でシステムを作り上げたオレは、さすがにぐったりと机にのびていた。
ううっ、眠い。
でも、今は寝るわけには行かない。車まで我慢だ、オレ。
簡単な支度を済ませると、丁度寺井ちゃんが迎えにきた所だった。
「気を付けてね、快斗」
「ん、行って来ます」
オフクロの言葉に見送られて外に出る。
が、もう一度声が掛かった。
「そうだ、快斗。ちょっと待って」
「ん?」
オフクロはツッカケのままで玄関先へ出てきて、オレを見上げた。
「香坂喜市の事だけれど…あれから少し思い出したのよ」
「何を?」
「香坂喜市には娘さんが一人居たんだけど、その娘さん…当時は既にお年を召した方だった筈だけれど、あなた、あの人と一緒に行ったことが有る筈よ、その娘さんの家に……ううん、お城の方だったかしら」
「…はァ?」
こりゃまた、思いがけないとこから新事実。
ってことは…。
「ひょんなことから、あの人と香坂家の人が知り合いになってね。マジックを見せる為に、出向いてた筈よ」
「…オレも、一緒に?」
「快斗がせがんだんじゃない、覚えてない?」
…いや、オレも言われて思い出してきた。
そうか、あんときのねーちゃんが、夏美さんか……。
「オフクロ、サンキュ。お陰で気合いが入ったぜ」
「…気を付けてね」
そう、思い出した。あの時のこと。
「寺井ちゃん、着いたら起こしてくんねーかな」
「はい、ぼっちゃま」
車の後部座席に乗り込んだオレは、吸い込まれるように、後ろの座席で眠りに落ちた。
『せいきまつのまじゅつし?』
オヤジのマジックをいつも見ていたくて、出来る限りオヤジについて回っていた。オヤジもそれを咎める事は無く、オレを幼稚園にすら入れず、各地を連れ回していた。思えばあの頃から、オヤジはオレの才能に気付いていたのかもしれない。
オヤジからマジックを教わり始めたのも同じ頃だったろうか。いや、もう少し昔か。
何にせよ、その日も同じように、香坂の家に向かったのだ。
正確には、横須賀に存在していた、城へ。
『そう。今日行く香坂家の無くなった主は、世紀末の魔術師と言われて居てね。それは素晴らしいからくり技師だったそうだよ』
『へぇ…からくりぎしかぁ…』
当時、オレの頭は既に高速回転を始めていて、オヤジがどんな難しい言葉遣いをしても、それに付いていくことが出来ていた。口先は子供のようにたどたどしいものだったが、技師、と言われてストレートにどういう意味かは理解していた。
『お前の幾つか年上の女の子が、彼の曾孫さんだそうだ。名前は…』
あの時、オレは初めて夏美さんの名前を知った。
なんで忘れたかな、オレ。
『こんにちはっ!あなたが快斗くん?』
そうだ。年月の流れは、女性を大きく変えてしまった。
幼い頃の彼女はどちらかと言うとやんちゃそうな少女で、現在の夏美さんといまいち合致しなかったんだ。
頬に絆創膏なんか張っていて、如何にもお転婆と言った風情だったのだから。
『ねぇ、おしろ?ここ、おしろ?』
人前で喋る時は子供らしい言動をするよう気を付けていた。今考えると、ちょっと行き過ぎてるかもな、と思わなくもない。もう少し大人びていても、微笑って済まされただろうに。
『そうよぉ、すごいでしょ!』
小学生くらいだったろうか、彼女は胸を張って見せた。
彼女は誇ったその建物は正しく「城」で、こんなものがテーマパーク以外で日本に存在してたのか、とオレは本当に目を丸くした覚えがある。
同じくらい、内部にも珍しい物が山ほどあって、夏美さんと意気投合した(ようにみせた)オレは、夏美さんの祖母と話す父親に許可を取り、早速城内の冒険に出た。
迷いやすい城の見取り図を、頭の中に描けるくらいには。
各所にあった仕掛けは、子供心をこれでもかと言わんばかりに満足させてくれて、当時のオレはそこそこ夢中になっていた。
そうして一通り冒険してから戻って、オヤジのマジックを見た。
オレが憧れて、今でもああなりたいと目指している、キラキラと輝く素晴らしい魔法を。
心ゆくまで堪能してから、オレは漸く彼女に、夏美さんのお祖母さんに話し掛けた。
夏美さんのお祖母さんはそりゃ喜んで、楽しげにオレと話してくれたっけ。
『ねぇ、おばあちゃん、はいいろのめ!』
子供ってのは失礼なモンだ。嫌なことだろうがなんだろうが、すぐに指摘したがる所がある。
忠実に子供を再現していたオレは、彼女がその目を恥じては居ないことを見取ってから、まるで「今気が付きました」と言わんばかりに指差した。
『快斗』
『良いんですよ。これはね、私がお母さんから受け継いだ、大切な目なのよ。残念ながら、私の子には受け継がれなかったけど…ほら、みてごらん快斗くん』
引き合いに出されたのは、夏美さんだった。
キョトンとした夏美さんの目は、彼女と同じ、灰色に染まった美しい瞳で、オレも示唆されてまじまじと彼女の瞳を覗き込んだ。
夏美さんは少し恥ずかしかっただろうか、オレから目をウロウロと逸らしていた。
『灰色の瞳。ちゃんとこの子に受け継がれたのよ』
『すごーい、はいいろー』
『此の目はね、母マリアが此処で生きていた、その証なのよ……』
彼女は、そりゃあキレイに笑った。
皺の寄った顔も気にならないくらい、それは美しい微笑みだった。
『これで、あのエッグが見つかればねぇ…』
あの呟きは間違いなく、インペリアルイースターエッグ・メモリーズの事なのだろうと今なら分かる。
だが、何のことか聞くには忍びない雰囲気で、オレは子供らしく、こう誤魔化した。
『ぼく、えっぐってわかるよ!たまご!』
『快斗くんは偉いのね…』
あの撫でてくれた手は、とても優しかった――― 。
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