Detective Conan

世紀末の見る夢






















 服部の案内で、車は港区の天保山方面へと向かった。大阪ドームを左、弁天埠頭を右に見ながら通り過ぎて、ついたのはその先…天保山マーケットプレイスだ。
「買い物どころも遊園地もあるし、公園もあるさかい、ウォーターフロントで遊ぶんやったらこの辺が一番やと思うわ」
「へぇ…でっけぇ観覧車…」
 見上げるのに苦労するほど、大きな観覧車が視界に入る。しかしでけぇなぁ…横浜やお台場の観覧車と、どっちが大きいんだろうな。多分一メートルくらいしか違わないんだろうけど。
「世界一大きな観覧車やで」
「だろうな、この大きさじゃ…」
 八月と言うことで、夏休みの観光客で建物の中は混雑していた。ついでなので服を少し漁った(輸入物も結構あったみたいだ)あと、平次に連れられて隣の赤い建物へと移動する。
「…あれは?」
「海遊館や。ほないこか!」
「海…遊館?」
 おぞぞ、と背中を寒気が走る。
 まさか、なぁ…。
「ここはなぁ、十八メートルのジンベイザメが有名なんやで〜」
 ぎょ魚ギョッ!!
 いや、まてオレ!!ここで弱点を知られるわけには…いかねーっ!!
 と心に決めたので、平次の後に付いて入った。
 ポーカーフェイス、ポーカーフェイスッ!!
「ほれ、クロバ、熱帯魚やで。綺麗やなぁ…」
「…あ、あ、そうだな…」
 顔が凍り付いてませんように。
 頑張れ、オレ。ポーカーフェイスだ!
「おお、美味そうやな〜」
「水族館で美味そうとか言うなよ…」
 ってーか全然美味そうじゃねーよぉ!!
 早く出たい…。
 なんとかポーカーフェイスを保ちながら、一通り見終えたオレらは外に出た。
 ふーっと力が抜ける。
「…クロバ。」
「ん?なんだよ」
「もしかして…魚、嫌いやったんか?」
「…え?」
 バレてるしーっ!
「硬直しとらんかったか?声もちょこー震えとったし…笑っとるから大丈夫かと思たんやけど、アカンかったか?もしそうやったら、済まんなァ」
「い、いや、大丈夫だって。嫌いってほどじゃないよ。好きでもないけどな」
 オレはにっこりと笑って見せた。
 魚なんて大ッ嫌いだよぉ!!!
 細かいことから見抜きやがって。だから探偵なんざ嫌いだってんだよ。
「ほなら、観覧車でも乗ってこか?」
「そうだな」
 男と二人で観覧車……ま、いいか。
 世界一と謳われたこの観覧車の時間は約十五分前後だそうだ。パレットタウンの観覧車とさほど代わりはないらしい。
 服部と出会った時間がすでに遅かった事もあり、日は既に落ちていた。イルミネーションが少しずつ姿を見せ始める。
 ああ…この光景は悪くない。これなら、大阪の空も結構良い。
「あれ?あれなんだ?…あの大阪城の近くの」
 オレは素知らぬフリして指さした。指の先には、鈴木近代美術館が木々に紛れて小さく見える。
「ん?…あれーはー、鈴木近代美術館やな。鈴木グループが大阪に作った新しい美術館や」
「へーぇ。じゃあ、怪盗キッドが狙ってるっていう美術品があるのもあそこか?」
「そやで。よぉ知っとんなぁ」
「ああ、今日ラジオのニュースで聞いたんだよ。場所までは知らなかったけど…なんだ、行ってみれば良かったな」
 残念そうに言ってみせる。これくらいはお手の物♪
 服部はすっかり騙されているらしく(鋭いのと鈍いのの差が激しいな)、ハハハと笑ってオレを見た。
「残念やったなァ、オープンは二十三日からなんや」
「なんだ、じゃあオレ帰っちまってんじゃねーか…。あれ?確か、キッドの予告は二十二日じゃなかったっけ?」
 そらとぼけて聞いてみる。服部はどこまで知ってんのかな?
「確か…二十二日の夕方から二十三日の夜明けまでのどっかやったと思うで?まあ、オープン前に盗られてもーたら、どっちにしても見れへんやろな…」
「どっちにしてもか、じゃあ諦めるっきゃねーな」
「キッドが返しに来んの、待つしかあらへんな。ああ、写真だけでええんやったら、出たトコにパンフレットがあったで?アレが確かメモリーズエッグやったと思たけど…」
「そっか、じゃあ帰りに貰ってこー!」
 平次は何がおかしいのか、クスクスと笑った。
 オレはちょっとむっとした顔を見せてから、話を切り替えるかのように言った。
「なあ、あんたは探偵だって言ってたよな」
「あんたやのーて平次や、平次」
「…じゃ、ヘージ。探偵だったら、やっぱりキッドを捕まえに行ったりすんのか?」
「そやなぁ、クド…やない、毛利小五郎っちゅー東京の探偵がおってな。その探偵とはちょい知り合いなんや。その毛利っておっちゃんがこっちに来よるらしいから、多分合流することになるやろな」
 …正式な依頼は来てない、かな?
「それって自分から首突っ込むんじゃねーの?」
「ハハ、バレたらしゃーないなァ。そや、自分から事件に関わろ思てんねや。……怪盗キッドは神出鬼没、変幻自在で、その正体は誰にも分からへん。泥棒っちゅーより、アレがまさに怪盗やて思う。一度かて掴まった事のない、世界的な大怪盗……オレなァ、今まで誰も捕らえられんかったコソ泥を、自分の手で捕まえてやりたいんや…。東京中心に活動しとるから普段は首すら突っ込めんかったけど、今回はオレのよぉ知っとる大阪やからな…有利なのはこっちや」
 頂点を過ぎた観覧車は、ゆっくりと回りながら下に降りていく。
 もう見えなくなった鈴木近代美術館を睨み付け、服部は薄く笑った。
 …コイツは、根っからの探偵だ。あのボウズ…いや、小さくなった工藤と同じ目を持っている。見えない真実を暴こうとし、その謎に心を揺さぶられる、探偵特有の強い眼差し。
 だが…お前が有利なわけじゃないんだぜ、服部平次。
 オレが怪盗キッドである限り、アドバンテージはオレにある。
 オレを捕まえる事を夢見ても、その望みは永遠に…叶いはしない。
 彼が消えるときは…オレが消える時だから。
 心の中で薄く冷めた笑いを浮かべながら、オレは服部ににっこりと笑いかけた。
「頑張れよヘージ。オレ、その捕物帖の時はバイトだし、こっちにも居ないけどさ。心の中で応援しててやるから」
「…おおきにな、クロバ!!」
 オレの、顔だけの笑みを見て、服部は笑った。
 心が温まるような、彼独特の笑顔で。




 服部を家まで送り届けると、オレは予定地域内の病院・ホテルを片っ端から写真に撮った。
 浪花TMS病院、大阪府立大付属病院、法円坂ミカド病院、難波医科大病院、天満救急医療センター。
 ホテルヒルトン大阪、ホテル堂島センチュリー、梅田新国際ホテル、関西ホテルワールド、ホテル・チャネル・テン。
 前もってリストアップして置いたホテルと病院を全てチェックし、ついでに変電所を遠くから眺めてから東京へと戻った。
 途中のサービスエリアでコーヒーを飲みながら、オレは何故か服部平次の事を思いだしていた。
『…おおきにな、クロバ!!』
 探偵の笑みは、光に包まれて輝かんばかりだ。
 服部のように無邪気な笑い方であっても、白馬のようなひねた笑いでも、工藤のように自信に満ち溢れた笑みも…。
 彼らの笑みを見た瞬間、オレは自分の立ち位置を自覚する。
 闇に支配された、深い裏の世界。
 月のみがその灯火として許される、月光に支配された世界。彼らが立っている、光に満ち溢れた世界とは根本的に違う。こちらは―――魔物たちの巣窟だ。
 そしてオレも、月灯りの魔物…怪盗キッド。

 ……くっだらねぇ。何考えてんだ、オレは。
 どうもこないだの仕事から、暗くっていけねーや。
 オレはとっくに空になっているコーヒーの缶をゴミ箱へと投げ捨てた。
 せめて表面上だけでも、明るく生きないとな。
 ポケットから貰ってきたパンフレットを出して、しげしげと眺める。
 サリさんの言った通り、緑と金に彩られたメモリーズ・エッグ。バーで夏美さんに見せて貰った図面とは、上部が明らかに違う。似ては居るが、明らかに別物だ。
 それに、このエッグ…他のエッグとは明らかに違う点がある。まあ、全てのエッグと違うわけじゃないからこれもアリなのかも知れないけど…。何か秘密でもあんのかな。
 まあいいか。パンフレットをぐいっとポケットに突っ込み、オレは車に戻った。
 さて、予告日まで後二日!!
 明日はとりあえず…リモコンと、花火用の機械と、盗聴器を作って、発電所周りの設計図作り!
 う、めんどくせぇ……
 花火は寺井ちゃんが仕入れてくれるから良いけど、リモコンだの盗聴器だのはオレしか作れねーし。
 うわー、やだやだ〜、そーんな地味な仕事。
 とはいえ、そんな地味な仕事も怪盗キッドの内だとしっかり分かっているオレは、がっくりと肩を落として車を滑らせた。
 ああ、なんかこんな思い、前にもした気がするぜ…。












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