Detective Conan

世紀末の見る夢






















 帰宅早々、オレは情報収集に掛かった。
 盗みや勝負は情報戦。情報の多くて上手く立ち回ったものの勝ち、ってね!
 サリさんと夏美さんが帰ってそうそう電話を入れて、オレはバイト帰りに寺井ちゃんの所に立ち寄った。
「インペリアル……イースターエッグ、で御座いますか」
「そう。知ってる?」
「いえ、確かにそれは存じておりますけれども」
 珈琲を注ぎながら、寺井ちゃんが不思議そうな顔をした。
「次の獲物で御座いますか、快斗ぼっちゃま?」
「……頼むから、もうそのぼっちゃま呼びだけは…なんとか」
 差し出されたカップを受け取りながら、オレは言った。
 もーあと三年くらいすると成人する若い男を捕まえて、ぼっちゃま呼びってのはさー。
 どっかのお坊ちゃんになったみたいじゃんよ、オレ。
 でも寺井ちゃんも慣れたもので、さらりとスルーして口を開いた。
 聞けよ寺井ちゃん!
「珍しいですね、ビッグジュエル以外とは」
「んー……ちょっと、気が向いてね。持ち主に返して上げたくなったって言うか」
 美人なおねーさんは好きですか?
 大好きです。
 なんつって。
「例の鈴木財閥の会長んとこで発見されたエッグの話、知らない?」
「存じておりますよ」
 自分の珈琲を啜りつつ、寺井ちゃんは微笑った。
 長年オヤジのサポートをしていた寺井ちゃんの腕は、今でも全く衰えていない。キッドになる切っ掛けとなった「キッド出現」の事件では、一人で「キッド」として盗みを行ってたくらいだ。
 オヤジが死んでからこちら、マメに情報を集めていたと言った寺井ちゃんの台詞は伊達じゃないんだろう。今でも情報に関しては、寺井ちゃんの方が確実なくらいだから、オレもつい寺井ちゃんを頼っちまう。
 本当はもう歳なんだし、寺井ちゃんも休んでくれたらなぁ……なんて思いつつ、つい寺井ちゃんにサポートを頼むのは、そうした事があるからだ。
 そんな寺井ちゃんだから、この事を知らない訳がない。
「ボスポミナーニェ…思い出、と名付けられた、正式なインペリアル・イースターエッグだそうですよ。ファベルジェの古い資料の中から同じデザイン画が発見された為、正式なものだと認定されたとか…」
「じゃ、本物なんだ」
「ええ、ぼっちゃま。……もう一杯飲まれますか?」
「あ、うん」
 話しながらも、空になったオレのカップには目聡い。
 注いで貰いながら、オレは話を促した。
「メモリーズエッグは中身が金細工で出来たニコライ皇帝一家の模型になっていて、スワンエッグの様にネジ巻きの仕掛けが作られているとか。既に美術商やロシア大使館の者が、交渉に現れているそうですよ」
「欲深い事で……」
 やだねぇ、もう。
「今はそのくらいですか」
「もう少し詳しい事分かるかな。そのデザイン画とかさ。あと、近代美術館の見取り図と…」
「承知致しました。ですがぼっちゃま…」
 寺井ちゃんが皺だらけの顔を更に皺だらけにしながら、ぎゅっと眉を寄せた。
 うっ。来た。
「本当にエッグを?なにやら嫌な予感が…」
「あーもー。良いじゃん、今回はビッグジュエルじゃないんだし、組織は関係ねーだろ?」
「そうですけれども……」
 二回目の珈琲をグイと飲み干して、オレは慌てて立ち上がった。
 長々と引き留められたら叶わないし。こゆときは逃げるべし。
「じゃ、オフクロ心配してるだろうし、オレ帰るから!」
「ぼっちゃま」
「あっ、それから」
 出口に向かい掛けた足を慌てて止めて、オレはくるりと振り返った。
「香坂夏美さんの個人データとか、手に入るかな」
 不思議そうな顔をした寺井ちゃんに、オレは手早く知っていることを話した。
 大体の年齢。パリで菓子職人をしていること。家は財産家で、横須賀に「城」なんてものを持っているらしいこと。
「ああ、香坂家の!」
 納得したように頷いた寺井ちゃんに、オレは首を傾げた。
 なんだなんだ、有名人か?
「でしたらすぐに。簡単な資料だけでしたら、十分ほど待って頂ければ今すぐご用意できるかと…」
「あ、それなら待ってるからさ」
 再び椅子に座り直したオレの前で、寺井ちゃんは奥の間に入っていった。




 簡単な、とか言いつつ、寺井ちゃんのくれた資料は実に細かな所まで書かれたものだった。
 詳しく調べたらどーなるんだよ、寺井ちゃん。
 エッグ周りの事はともかく、オレは先に今回の舞台背景を探ることにした。
 だってあんな絵を持ってるって事は、明らかにエッグ関係者、または関係者に知り合いのいるご先祖がいるんだろうし。
 ああ、さすが寺井ちゃん。家系図まで入っている……って、だから、簡単?
 かゆいところに手の届くような寺井ちゃんの資料に目を通す内、オレはそこに奇妙な点を見付けた。
 名前のない、詳細不明のご婦人。夏美さんの曾祖父と結婚して子供を産んでるんだから女なんだろうけど、名前も何も、詳しいことが何一つ書いてない。
 ……外国人?この当時なら、家系図から抹消されてるって事も有り得るだろうか。変なの。
 それにこの曾爺ちゃんの名前。
 どっかで聞いたような。香坂喜市、香坂喜市……えーと。思い出せ、オレ。
「あ、そうか!」
 親父の好きだった、昔の細工職人!からくり技師だ。
 オレは資料を片付けると、慌てて下にあるオフクロの書斎をノックした。
「あら、快斗。どうかしたの、そんなに慌てて?」
 パソコンに向かっていたオフクロが、不思議そうに振り返った。
 多分、トレードの真っ最中だったんだろう。オフクロが見掛けに寄らずコンピュータ関係と株に強く、その辺りで金を稼いでいる所為か、オフクロは暇があるとこの書斎に篭もってキーボードを叩いている。
「香坂喜市の関連書、ないかな。インペリアル・イースターエッグでもいいんだけど…」
 自分でも本棚を見上げながら、そう尋ねた。
 オヤジが昔「友人の真似は出来そうにない」と言いながら手を入れたこの書斎には、多くの書物が眠っている。多くは奇術用の資料だけれど、オヤジが好きで買い集めた本なんかもここには一緒に眠っている。推理小説があるのはオヤジの趣味だろうか?
「そうねぇ……インペリアルエッグはどうだったか覚えてないけれど、世紀末の魔術師に付いてだったらあったと思うわ」
「世紀末…」
 なんだその、壮大なお名前は。
 僅かに目を丸くしたオレの反応を見取ったのか、オフクロはちょっと可笑しそうに、且つ嬉しそうに(何故だ!)微笑いながらオレを見た。
「十九世紀末にあったパリ万博に、精巧なからくり人形を出展してね、一躍有名になったのよ。まるで魔法みたいに動く人形を見て、付いたあだ名が『世紀末の魔術師』。確かに世紀末だったし、そう称されるほど素晴らしかったんでしょうね、きっと」
「へぇ……」
「あの人が好きだったものね、その辺りに関連書が並んでる筈よ。……そうそう、インペリアルエッグ!ファベルジェに付いてだったら一緒に並んでた筈よ。香坂喜市関連、ってことで」
「……関連?してんの?」
「ええ」
 あっさり答えて、母は言った。
「だって、ファベルジェの元にいたでしょう、彼は」
「……は?」
「あら、聞いたことない?私もあの人からの又聞きだから何だけど。ロシア革命の前後までは働いてたらしいわ。幾つか、手掛けていたんでしょうね、どれかまでは知らないけれど」
「………あ、ありがと、母さん」
 完全に目を丸くしてそう答えたオレに、母親は再び嬉しそうにコロコロと微笑った。
「やぁね、いい男が台無しよ、快斗」
 いやもう、台無しでもいいです。
 ビバ、オレ!ちょっと運命感じちゃったりしてきたぜ!
 オレは適当な資料を持って、書斎を後にした。
 なんとなーく、裏が見えてきたような。
 そんな気がした。












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