まだ11時半である。が、警備はすでに万全の状態になっており、現場には緊張感があふれる。いつ現れるか分からないキッドに対して、全員が緊張に疲れていた。
「くそっ、キッドのやつ・・・・・・」
中森は憎々しげに言い捨てた。
前はキッドを追いかけることが中森のステイタスだった。だが、今は憎むべき犯罪者だ。人を殺してまで盗みを働くなら、こちらも手加減する必要はない。
「キッドだ!!」
警官の一人が叫ぶ。その向こうには、銃を持ったキッドの姿が見える。トランプ銃ではなく、ピストルである。
突然発砲すると、警官の一人が倒れた。
「キッド・・・・・貴様!!」
「動かないで。下がってください、警部。」
キッドは口の端をつり上げて、顔をゆがめた。笑っているように見える。
「蒼き記憶、いただきますよ。」
乱暴にガラスケースを破ると、中に入っていたブラックオパール・・・・蒼き記憶をつかんだ。
「それでは、失礼します。」
飛び掛かろうとした警官の足を撃ってから、キッドは窓から外へと逃げていった。
公園まで走ってきたキッドは、息を整えてから獲物を見た。
街灯に照らされ、キラキラと色を変える。
くくく・・・・・と彼の口から笑みがもれる。
「そこまでだぜ、怪盗キッド。」
小さいが、はっきりとした声が公園に響いた。人のあまり寄り付かないこの公園には、今夜も人がいない。
そして、この人気の無い公園の街灯に照らされていたのは、小学生くらいの子供だった。
「なんだ、てめぇは・・・・・・」
キッドは顔を歪めて子供を見た。
「あれぇ、僕のこと忘れちゃったのぉ?
ほら、覚えてるでしょ?ブラックスターの時の・・・・・・」
小学生特有の高い声でそう言って、コナンはにっこりと笑って見せた。
少し考えてから、キッドは納得したように頷く。
「あのガキか。
どけ。俺の邪魔する奴は、殺すぜ。」
「・・・・・・芸術家じゃねぇな、今のキッドは。盗作を生業にしているチンケなこそ泥ってかんじだぜ。」
「てめぇ・・・・・・命が惜しくないらしいな?」
キッドは持っていた銃の照準を、コナンに合わせた。
コナンは余裕のある顔で、キッドを見返している。
キッドが指に力を込めた、その時。
「!!」
一枚のカードが、キッドの銃を奪い取った。
キッドが慌てて振りかえると、後ろにいた男は言った。
「こんばんは、偽者さん。」
「お前・・・・・・・生きて・・・・・・」
「私の振りをするなら、そんな野蛮な物は使うべきではありません。
3流の刑事ドラマじゃあるまいし、刑事だって勝手に使えば罰せられるんですよ。
そうでしょう、三浦刑事?」
後ろにいた男・・・・・・・そう、怪盗キッドがそう言って鮮やかに笑って見せた。
三浦、と呼ばれたキッドは、悔しそうに唇を噛む。
「ジルコニアという宝石があります。よく、安いダイヤとして使われる可哀相な石です。どんなにダイヤに似ていてもダイヤより劣ると蔑まれ、安いからといって偽者として使われる・・・・・・。」
突然話しはじめたキッドに、コナンは首を傾げた。
この先は任せると言ってはあるが、何を話すかは聞いていない。
「それでもジルコニアは宝石です。
だが・・・・・・・貴方の輝きは、それにも劣る。」
キッドは穏やかに言った。
「それどころか、貴方はガラス玉にさえ劣るでしょう。
そんな石ころのような貴方に怒りをぶつけても仕方がありませんが・・・・・私はどうしても、貴方を許せない。」
そう言ってキッドはふっと微笑った。
その笑みを見た瞬間、コナンは全身が総毛立つような感覚を覚えた。
偽キッド・・・・三浦に向けられた彼の瞳は、背筋がゾクリとするほど暗い。その深い青に刻まれた感情は、憎しみなんて生易しい言葉では表現できなかった。
「お・・・・・・俺を殺す気か?」
三浦は震える口で言った。
キッドは無言でトランプ銃を構えると、彼に向けて撃った。三浦のシルクハットは、キッドのトランプ銃によって真っ二つにされる。
「あ・・・・・・・・・・・」
彼は情けなくもずるずると座り込んだ。
キッドは口の端だけを上げると、笑みに似たものを顔に浮かべて見せた。
「キッドは人を殺さない。そんなこと、貴方だって承知しているでしょう?」
キッドはパチンと音を立ててマントをはずすと、三浦の上にかけた。3秒ほどおいてからマントを引くと、三浦の手にはなぜか後ろ手に手錠がかけられていた。
「貴方をここで殺すのは簡単です。ですが、貴方の罪は裁かれるべきだ。」
手を貸して三浦を立ち上がらせると、鳩尾を鋭く殴打した。
「ウッ・・・・・・」
三浦は低くうめいて気絶した。
キッドは彼を肩に担ぎ上げると、コナンを振り返った。
「・・・・いくか、警部んとこ。」
微苦笑したキッドの瞳は、いつものそれに戻っていた。
コナンは戸惑いながらも頷いて見せた。
「ああ、そうだな。」
コナンの返事を聞いて、キッドは眉をひそめる。
「なんだ、俺が人殺しをするのかと思ったりした?」
「えっ・・・・・・そんな、事は・・・・・・」
思わず口篭もる。さっきの目を思い出すと、一概に否定することが出来ないのだ。
人殺しだとか、犯罪者だとか、そんな生易しい目ではなかった。
「・・・・俺が、おやじの名を汚すような真似するかよ。」
「え?何、よく聞こえねぇ・・・」
「・・・・・・・・・怪盗キッドは絶対に殺人を犯さない、と言ったんだ。」
キッドは再び前を向いて歩きはじめた。
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