Detective Conan

赤と白














「ただいまー」

小学校から戻ってきたコナンは、蘭の応答が無いことに首をかしげた。

「蘭ねぇちゃん?」

今日は創立記念日で休みだし、出掛ける予定も無かった筈だ、とコナンは不思議に思った。
と、ばたばたと音がして蘭が現れる。

「蘭ねぇちゃん、どうしたの?」
「ああ、コナン君、帰ってたのね。お帰り。」

そう言葉をかけて、蘭は台所に消えていった。
すぐにタオルや水などを持って現れる。

「?」

その様子にただならぬ物を感じ、コナンは蘭の後を追った。

「新一、大丈夫?」
「えっ!?」

蘭はソファに寝ている男のもとに跪くと、急いで手当てを始める。
苦しげに顔を歪めているのは、他でもない、工藤新一だった。

(なっ・・・・、お、俺がいる!?)

東の高校生探偵と呼ばれた、工藤新一。彼は、現在行方不明同然の身である。その実は、ある組織に飲まされた毒薬により子供になり、「江戸川コナン」として日々を送っている。
つまり、ここにいるコナン自身が工藤新一の正体なのである。
だが、コナンの前には新一がいる。しかも、どうやら怪我をしているらしい。

(どういうことだ!?)

「コナンか・・・・・お帰り。・・・うっ」
「だめよ、しゃべっちゃ!今、救急車を呼ぶから・・・・・」
「待て、蘭!救急車は・・・・・ちょっと、駄目なんだ。」
「なんで?こんなにひどい怪我なのに!」

真っ青な顔をしているにもかかわらず、新一は電話をとった蘭を止めた。

「理由は言えないんだ。でも、頼む。」
「・・・・・判ったわ。そんなに言うなら・・・・・・。」

蘭は諦めて受話器を下ろした。

「でも、阿笠博士は呼んでくるわよ。良いわね!?」

新一はいやな顔をしたが、蘭はそのまま外へ出ていった。
コナンは蘭が完全に外に出ていったのを見てから、新一に近づいた。

「よ、コナ・・・・」
「誰だ、おまえ。」

新一の言葉を遮り、コナンはストレートに切り込んだ。

「・・・・・・・・・」
「工藤新一は、帰って来れるわけ無いんだ。誰だよ、おまえ。」

苦しそうに息を吐きながらも、新一は笑って見せた。

「悪い、な、利用・・・・・させてもらって。この傷で、家に帰るわけにも・・・・いかねぇし、・・・・ここしか、思い付かなかったんで・・・・・・な。」
「・・・・・やっぱりキッドか。」

コナンはふっと思い当たった名前を言った。良く考えてみれば、彼以外に新一の姿で出てこれる人間はいない。

「ああ・・・・・久しぶりだな、ボウズ。」

新一・・・・キッドは、にやりと笑った。

「ここ最近の事件は知ってるぜ。落ちたな、怪盗キッドも。」
「ありゃ、俺じゃ、ねぇ・・・・・よ。」
「え!?」

コナンとて、あれがキッドの普通の状態だとは思っていない。だが、何かあったのだろうとは思っていた。

「偽者に・・・・刺されて、な。ここに・・・・・ぐっ・・・・」

キッドの口から血が伝って落ちる。

「判った、もうしゃべるな!」
「ああ・・・・悪いが、もうしばらく・・・新一で、いさ、せてく・・・・・・」
「キッド!?」

微かに寝息が聞こえる。気絶してしまったらしい。
コナンは側にあったタオルで血を拭うと、あごに指を当てて考え込んだ。

(なんだ、何があったんだ?)

「阿笠博士、早く!」
「なんなんじゃ、いったい・・・・・おう、新・・・・・いや、コナン。
・・・・・あれは、新一君!?」

どかどかと大きな音を立てて駆け上がってきた阿笠は、二人の姿を見て立ち止まった。
阿笠はコナンが新一であることを知っている数少ない人物である。二人が同時に存在していることに混乱してもおかしくはない。

(いけない!)

「蘭ねぇちゃん、とにかく包帯とかを持ってこないと!新一兄ちゃん、どんどん血が出て苦しそうだよ!」
「あ、そうよね。今持ってくるわ。」

蘭も混乱していたのか、タオルと水以外に何も持ってきてはいなかった。
救急箱を取りに蘭が部屋を出ていった隙に、コナンは急いで阿笠を呼び寄せた。

「いったい、こりゃあどういう事じゃ。」
「今は詳しく説明している時間はない。これは、怪盗キッドだ。」
「か、怪盗キッド!?」
「頼む博士、手当てしてやってくれ。」

阿笠は驚いた表情を引っ込めて、重苦しく頷いた。

「判った。やってみよう。」
「博士、救急箱です!」

蘭が救急箱を手に戻ってくる。

「おお、判った。
蘭さん、すまないが隣の部屋で休んでいてくれないか。」
「で、でも・・・・・・」
「それがだめなら、台所でも良い。とにかく、部屋を出ていてくれ。
この傷だと、服を脱がせる必要があるんでな。」

傷は腹部から下腹部へと続いている。必要とあらば、ズボンを脱がすこともあるだろう
。 それにようやく気付いたのか、蘭は素直に頷いて部屋を出ていった。

「博士、手伝うわ。」

灰原哀が不意に現れる。その身長差ゆえ、蘭と阿笠のスピードに遅れてしまったらしい。

「おお、哀君。頼む。」

哀が糸と鋏を用意し、阿笠がキッドの服を脱がせる。
傷全体を露にし、固く絞ったタオルで丁寧に血を拭き取っていく。

「内臓に損傷はなさそうね。ついてるわ、彼。」

哀は冷静にそう言うと、傷をあわせて縫い始めた。

「ぐっ・・・・・」
「痛くても、我慢して。男でしょ。」

うめいたキッドに冷たく言い放ち、哀は縫いつづけた。
元科学者であったためか、妙に手慣れている。

「どうだ、灰原。」

縫い終わった哀にコナンが近寄る。

「手術用の縫い糸があるわけじゃないからかなり乱暴だけど、これで大丈夫な筈よ。」
「そうか・・・・・」
「彼・・・・いったい、誰?」

そう聞かれ、コナンは哀が後から来たことを思い出した。

「怪盗キッドだ。」
「・・・・これが。」

再び気絶してしまったキッドを見下ろし、哀は感心したようにそう言った。
しばらく見つめていたが、自分の手に気がついて台所へ向かった。

「ごめんなさい、手を洗いたいんですけど。」
「え、はい。もう終わったの?」
「ええ、博士が終わったって。手伝ったら、血がついちゃったの。」

さすがに自分が縫ったとは言わなかったが、手伝い程度はしたことになった。

「そこに水道・・・・あ、でも手が届くかしら。」
「大丈夫です。お構いなく。」

適当な椅子を体で引き寄せると、哀は手を洗った。
博士もそれに習う。

「血が随分出ていたが、内臓に支障はないし、命に別状はない。
じゃが、しばらくは安静にさせておいたほうがいいじゃろ。
蘭君、新一君に不用意な発言をしてはいかんぞ。彼が自分から話すまで待つんじゃ。
いいね?」
「はい、わかりました。」

あまり納得はいってなさそうだが、それでも蘭は頷いた。

「しばらく、彼についてていいですか?」
「それは・・・・・・かまわんと思うが。」

阿笠はコナンをちらりと見て、コナンが頷いたのを確認してからそう言った。

「じゃ、わしはこれで。」
「本当に、ありがとうございました。」

蘭はぺこりと頭を下げた。

「僕、そこまで送ってくるね。」

コナンは阿笠について部屋を出た。

「どういうことなんじゃ、いったい。」
「俺にもよくわかんねぇよ。」

外を歩きながら、コナンはそう言ってため息を吐いた。

「気絶する前に、『ここ最近の事件は俺じゃない』、『偽者に刺された』って言ってた。
ここ最近、キッドが予告時間前に盗んだり、人を殺したりしただろ。あれとなんか関連があるらしいんだ。」
「それでここへ・・・・・。新一君のことを知っておったのか?」
「わかんねぇよ、それも。」

工藤新一が行方不明であることは、彼を知る誰もが知っていることだ。そして、江戸川コナンが存在している限り、帰ってこないということも。
だが、新一がコナンであることを知るのは、阿笠と哀のほかには、西の高校生探偵・服部平次と新一の両親のみである。キッドがその事実を知っているかどうかはなぞだ。

「まあいい。とにかく、わしらは一度戻る。何かあったら、電話しなさい。」
「ああ、ありがと、博士。
灰原も、サンキュ。」
「これくらいなら、お安い御用よ。」

軽く笑って、哀は阿笠とともに帰っていった。
コナンはため息を吐いて事務所を見上げた。

「さて、どうするかな。」












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