Detective Conan

赤と白














それからと言うものの、“キッド”は予告時間前に盗むことが多くなった。
予告状には必ず時刻が記してある。だが、実際に盗まれるのはそれより前。それも、ランダムに盗むのだ。1時間前だったり、2分前だったり、ちっとも安定しない。
警察ではすでに「予告状の時間は警察を混乱させるものである」と認識するに至った。


「くそっ、いったいどういうことだよ!」

あれからすでに半月が過ぎた。その間、幾度も予告状を出しては盗もうとしたのだが、その度に誰かが先に盗んでしまう。それも、キッドを騙って、だ。
そして昨日、ついに快斗の知らないうちにキッドが予告状を出し、宝石を盗むということを行ったのだ。しかも、死傷者まで出ている。
手口は簡単で、いくつもの爆弾が現場で爆発し、その隙に宝石を奪った、というものである。華麗で神出鬼没、とまでいわれたキッドらしからぬ犯行だと、みんなは騒いでいた。
だが、その事件が起こっていた頃、快斗は青子と一緒にいたのだ。「ノートのお礼に食事をおごって!」と言われ、仕方なく食事に出ていた頃である。

「誰が・・・・・こんなことを。」

世間では、それがキッドの犯行であると信じている。なにしろ、予告状が出ているのだ。しかも、最後の事件ではキッドの姿が現場近くで目撃されている。
快斗は、持っていた新聞をグシャリと潰した。

「快斗、なに怒ってんの?」
「え?あ、いや別に。」
「あ、それ、昨日の事件が載ってるやつでしょ?ひどいよね、怪盗キッド。」

青子は快斗が潰した新聞を広げ直し、まじまじと記事を見詰めた。

「警官が1人、死んじゃったんでしょ?」
「ええ、最低ですね。」
「白馬くん。」

後ろから現れたのは、高校生探偵を名乗る白馬探である。
白馬は記事を見ると、苦々しく言い放った。

「今まではともかく、今のキッドは早急に捕まえるべきです。
そう思いませんか、黒羽君?」

犯罪者を見る目つきで見られ、快斗はむっとした。が、それ以上に怒りが自分を支配している。

「ああ、俺もそう思う。」
「・・・・・・・え?」

快斗が吐き捨てるように言った言葉に、白馬は意外なものを見るかのように目を見開いた。
白馬は、快斗が怪盗キッドであると思っている。そのキッド本人からそんな言葉が出て、さすがに驚きを隠せなかった。

「黒羽くん。」
「紅子。」
「ちょっと、来て。」

いつのまにか快斗の横に立っていた紅子は、快斗の腕を掴むと歩き出した。

「ま、まてよ紅子!」

引きずられるようにして、快斗は紅子の後を追った。
こういう時の紅子はいつも人払いをするために、青子はおとなしくそれを見送った。





「どういうことなの?殺人まで犯すなんて、貴方らしくないわよ。」
「突然何の話だよ。」

キッドに言っているのだろう、ということは判っていたが、それに答えるわけにはいかなかった。紅子が何もかも知っているのだろう事は分かっているが、ここで肯定するわけには行かない。快斗がキッドであることは、誰にも言ってはならないのだ。

「昨日の事件のことよ。キッドが警官殺しだなんて・・・・・。」
「ありゃあ、キッドじゃねぇ。別の人間の仕業だ。」

快斗がきっぱりと言い放つと、紅子は安心したように肩を落とした。

「そう、良かった。」
「そんだけか?」

問い掛けると、紅子は戸惑ったように目を伏せ、押し黙ってしまった。
快斗がそのまま待っていると、ゆっくりと口を開く。

「明日、行くのはやめなさい。」
「・・・・・え?」

紅子は顔を上げると、快斗に勢いよく詰め寄った。

「キッドのことを、昨日占ったのよ。
悪い影が出てるわ。明日は盗みをするのはやめなさい!」

快斗は少なからずとも驚いた。確かに明日盗みに入ろうと思っていたのだ。それを一発で当てられたのには、多少の驚きは隠せない。
だが、紅子は赤魔法の正当なる後継者である。そのくらい判っても、別段不思議ではない。
多少迷ったが、それでも快斗は口を開いた。

「やめねぇよ。」
「・・・・・え?」
「キッドなら、そう言うぜ。
やめねぇよ。たとえ、何があってもな。」

あくまでキッドじゃないと主張しながら、快斗は不敵に笑った。
キッドが見せる笑みと、同じ笑顔で。

「じゃ、俺は今日このままフケるから、あとよろしくな。」

あっさりと手を振って走っていく快斗の背中に、紅子は不吉な予感を押さえ切れなかった。





ターゲットは、森素美術館に眠るダイヤ「宵の明星」。
黄金に光り輝く、イエローダイヤモンドである。本来なら色の着いたダイヤは価値が落ちるのだが、それを磨いた人物が史上最高とまでいわれた有名な職人であるのと、そのダイヤの質が色以外は最高級であるがために美術館に置かれることになった、ある意味では、いわく付きのダイヤである。
快斗は予告状を出した後、そのまま森素美術館で待機する、という長丁場覚悟の作戦に出た。これ以外、思い付かなかったのだ。

「後・・・・・・・30分か。」

半日が経過している。普段は予告から犯行まで2,3日のブランクを置くことにしている。だが、今日は格別。この作戦のために、朝予告状を出して夜には盗むというスピードの作戦に出た。
それに加え、マスコミなどのシャットアウト・・・・というより、リークや発表を極力無くすように、という忠告文までつけた。何処の誰がキッドを語っているのか、それを突き止めるためである。
突然、ドンという爆発音が聞こえ、森素美術館の北側が炎上した。ちょうど、宵の明星がある部屋の隣である。

「始まったか。」

急いで現場に向かう。天窓から下を覗くと、ばたばたと警官が倒れている中、中森の腹心である三浦刑事が指示を飛ばしている。そして、部屋の外へ駆けていくのが見えた。
「まだ・・・・宝石はあるな。」

中森警部の後ろに、宵の明星があるのが見える。
ふと、視界に白い影が横切った。
白のスーツにシルクハット。マントに銀のモノクル。

「あいつか!」

キッドの姿をした男は、中森警部を打ち倒し、宝石を掴むとそのまま走って逃走した。

「・・・・クソっ!」

快斗もグライダーを取り出し、急いで後を追う。キッドらしき男が公園に逃げ込むのを確認して、快斗はグライダーを仕舞った。
男はどうやら、すぐに着替えるつもりらしい。
出来るだけ気配を殺し、後ろから近づいた。

「よぉ、怪盗キッド?」

そして突然声をかける。驚いた男が振り替える。

「キッド・・・・・・。」

その声は仮面に遮られ、くぐもっていた。
快斗は街灯を背にして顔に影を落とし、唇だけで笑ってみせる。

「どういうつもりだ?何故俺の邪魔をする。」
「キッド・・・・・・会いたかったぜ。」
「なに!?」

答えた直後、肉が切れるような鈍い音がした。快斗の腹部に熱い衝撃が走る。
男は仮面の向こうで笑った。

「カッ・・・・・・・・」
「ククク・・・・・この瞬間をどんなに夢見たことか。
死ね、怪盗キッド!!」
「ぐあっ!!」

快斗の腹に刺さったナイフが、回転する。その回転に腹が引きつり、快斗は気を失いかけた。

(・・・・くそっ!)

懐から出したトランプ銃を男に向けて撃つと、男の手が離れた隙に快斗はマジックを使って逃げた。
この状況では、逃げるより他ならなかった。












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