「ちょっとコナン君?ここ、機関室よ!
本当にこんな所に怪盗キッドがいるの?」
オレは不安げな雰囲気でボウズにそう話しかけた。
ボウズはそれに答えず、箱からサッカーボールを出しながら言った。
「ねえ蘭ねーちゃん…宝石言葉って知ってる?」
「宝石言葉?」
なんかあったな、そういや…。
青子が一時期なんたらって言ってたっけ。
ボウズはリフティングをしながら、言葉を続けた。
「園子ねーちゃんの母さんがヒントをくれたんだ…本物の黒真珠は最も相応しい人に預けてるって…。
真珠の宝石言葉は『月』と『女性』…。船に乗ってるお客さんの中で、名前に『月』を持つ女の人は『鈴木朋子』さんだけ…つまり、本物はあの人本人が持ってたってわけさ!」
「へー…」
どーでもいいことを良くまあ覚えてるな、こいつも。
さすが探偵を名乗るだけあるってとこか?
「でもなんで、それでキッドの正体がわかっちゃうの?」
「カードだよ…ホラ、蘭ねーちゃんが引いたカードに、キッドのメッセージが貼ってあったでしょ?」
「う、うん…」
気付いてる…か?
「あの手品は右手で出したハトに客の目を引きつけてるスキに、左手のカードを全部目当てのカードにスリ替える初歩的なトリックなんだ…。だからカードを彼に渡す前に、誰がどう切っても引くカードは決まっているってわけなんだ…」
良くご存知で。
ま、ありゃ本当に初歩のマジックだったけどな。
「じゃ、じゃあ、そのカードにメッセージが貼ってあったって事は…まさか怪盗キッドの正体は、あの真田っていうマジシャン…」
んなわけねーだろ!とオレは心の中で自分にツッコミをいれながら言った。
ボウズは見事にリフティングをしながら、笑みを浮かべて答えた。
「ちがうよ!ボクずーっと見てたけど、あの人奥さんに近づいてないもの…」
そういや、そうだったな。しまった、あの男と奥さんを近づけとけば良かった。
「じゃー誰なのよ?」
「もう一人いるじゃない…カードをすりかえられる人が…」
ボウズは相変わらずリフティングを続けている。
そういや、情報ではアイツも…。
「そう、その人物は床にカードをバラまかせ、拾うふりしてカードを一枚抜き、メッセージを貼りつけた…それを手のひらに忍ばせて、あたかもカードの束から引いたかのように見せかけたんだ…。
だよね?蘭ねーちゃん…」
いっけね、こんなこと考えている場合じゃなかった。
すっかりバレてるじゃねーか!
ボウズはリフティングを止め、ボールを足で抑えつけて静かに言った。
「いや…怪盗キッドさんよぉ!!」
口調が変わった。声も…。
子供っぽいところを微塵も見せない。
そこにいたのは、探偵だった。
「そう…お前と蘭がスリ替わったのは、蘭がオレを探しにパーティ会場を出た時だ…。見事だぜ…まったく気付かなかったよ…」
そりゃどーも。
こちとら、変装の名人ですから。
「まんまと蘭になりすましたお前は、例のメッセージで客を動揺させた上に煙を吹いて破裂する黒真珠をバラまいてパニックに陥れた…。
そしてその混乱に乗じて、本物の「漆黒の星(ブラックスター)」を奪い取ったんだ…奥さんの体を支えるふりをしてな。あんな花火を用意してたって事は、知ってたんだろ? 奥さんが模造真珠を大量に造らせていた事を…」
あんだけ大量の模造真珠を造らせてたんだ、知るのは当たり前だろ?
って言ってやりたかったが、ここで肯定するわけにはいかないな。
「や、やーねー、冗談はやめてよコナン君?」
…ま、こんな言葉に騙される奴じゃねーってことは、オレも分かってんだけどさ。
言葉遊び、ってやつ?
「わたしどれが本物かなんて知らなかったよ?
ヒントなんて聞いてなかったし…」
蘭さんに変身してたころだからな、ヒントを言ってただろう時刻は。
「フン…ヒント無しでも、お前にはあれが本物だとわかっていたはずだ…。奥さんが手袋をして小箱から黒真珠を取り出した時点でな…」
「え?」
なんで手袋?
「真珠の主成分は炭酸カルシウムで、酸に侵され易い…指の油で汚れたりすると、表面が酸化され光沢が失われてしまう…。
まあ中には知ってた人もいたみたいだが…そんなデリケートな宝石を他人に預けるワケがないって事さ…」
ああ、そう言うことか。
んーなの、本物は一目見りゃわかるって。
確かに、手袋をしているところを見れば理解できる。だが、それじゃ不充分だ。
もしかしたら、もともとその知識を得ている人に渡しているのかもしれない。
だけど、彼女の自信あふれる表情…見せしめのようにかざしたブローチの真珠…もちろん恰好も、明らかに彼女が持っていると言いたげだった。
そんなに深く考えなくても、見れば一発だしな。
「でも、それだけじゃ…」
足掻きとは分かっていても、とりあえずオレはまだ「毛利蘭」のフリをした。
「確かにそれだけじゃ不十分だが…奥さんの着けていた冴えない真珠の事を重ね合わせれば、推測は確信になる! そう…有名博物館に展示してある昔の真珠が、いずれも色あせてしまっている様に、真珠の光沢寿命はせいぜい数十年…60年前に購入された『漆黒の星(ブラックスター)』が、今もなお美しい姿であるわけがない…。
そんな色あせた真珠を手袋して大事そうに扱う奥さんの姿を見れば、一目瞭然だってわけだ」
あらら、そこまで分かってたのかよ。
お見逸れしました。
だけど、宝石の鑑定眼はないんだな。それくらい養っとけよ、探偵君。
「フ…情けない話しだぜ…。お前の存在に気を取られて、すっかり忘れていたよ」
「でも、米花博物館の『漆黒の星(ブラックスター)』は、キラキラしてた様な…」
「だから盗らなかったんだろ?偽物だと知ってたから…。
そして二度目の予告状で奥さんを挑発し、本物を持ってくるように仕向けたんだ…わざわざ、『本物の』って記してね…」
舐めてかかるなってことか。
やっぱり、オレの憶測は正しそうだな。
っと、感心してる場合じゃねーな。さっさと逃げにかかるか…。
「わ、わかったわ、そんなに疑うんなら、電話でここに警察の人を…」
受話器を取り上げながら苦笑したオレは、直後にすごいものを目にしてしまった。
ドン!という派手な音を立てて、ボールが電話を破壊したのだ。
「……」
呆然と見つめるオレに、ボウズは不敵な笑みを浮かべた。
「フン…ビルの屋上で消えた時と同じ手は使わせねーよ…。 あの時お前が警察を呼んだのは、オレへの当てつけじゃない…あの閃光の中で素早く警官に扮し、彼らの中に紛れ姿を隠すためだ! ハンググライダーで今にも飛ぶかのように見せかけてな!!」
そーかい、そこまでわかってんのか…。
「それに、この場に人を呼ぶなんてヤボなマネは無しだぜ? こっちはこの警戒の中、たった一人で乗り込んで来た犯罪の芸術家に敬意を表して、一対一の勝負を仕掛けてやってんだからよ…」
「……」
「そう…優れた芸術家のほとんどは死んでから名を馳せる…」
ボウズのスニーカーが、パリパリと音を立てた。
これが、さっき電話を壊した仕掛け…か?
「お前を巨匠にしてやるよ、怪盗キッド…監獄という墓場に入れてな…」
これ以上は、無理か…。
まともに逃げる事を考えた方が良さそうだ。
オレは瞬時に頭を切り替えると、隠していた真珠をハンカチごと出した。
「フ…まいったよ、降参だ…この真珠はあきらめる…」
オレは真珠をハンカチごと軽く投げ、「毛利蘭」であることを放棄した。
もう、彼女を演じる理由がない。
「奥さんに伝えてくれ、パーティーを台無しにして悪かったって…」
「今さら何を…」
…そうだ。ついでに、確認をして行こう。
あれが本物の小学生で、なんらかの理由で素性を隠さないと行けない小学生なら。
あの姿が擬態で、なんらかの理由で江戸川コナンを演じているのであれば。
反応は変わってくるはず。
後者であってくれよ…。
「あ、そうそう、この服を借りて救命ボートに眠らせている女の子…早く行ってやらねーとカゼひいちまうぜ?」
オレは着けていたブラジャーをずるりと取り出して見せた。
「オレは完璧主義なんでね♪」
ボウズは瞬時に赤くなった。それに、驚きを隠さない。
オレはそのスキに閃光弾を叩きつけ、サングラスをかけた。
辺りが光に包まれる。
「閃光弾!?」
ボウズの目がくらんでいるスキに、オレは素早く着替えて身に着けていた服を持っていた下着ごと放り投げた。
そして、ダッシュで機関室を出る。
これで、ボウズ…いや、奴は追ってくる事が出来なくなったはず。
そのスキにハンググライダーで…。
逃走経路を考えながら階段を駆け上がったオレは、目の前の光景に呆然とした。
4台のヘリコプター。2艘の巡視船。
そして、操縦室の中でも、外の見える窓辺…に、茶木警視と中森警部。
ま、マジかよ!?
階段からは駆け上がってくるボウズの足音。向こうからは人影。ハンググライダーのある場所に上がるための階段には刑事。
あーもー!なるようになりやがれっ!!
船を飛び降りたオレを待っていたのは、泳ぐのにはちょっと早すぎるほど冷たい海だった。
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