どうせ港まで3分程度…だと思っていたオレが甘かった。
あがれるところがない!
明らかに手が届かないだろうところや、良く見りゃくらげがうようよしているところを見て、オレは呆然としていた。
ど、どっからあがろう…。
しょーがねーから陸づたいにジャブジャブと泳いでいると、体が段々凍りつくかのような錯覚を覚えた。
あ、あがらないと死ぬ……。
きょろきょろと見まわしていると…げっ、警官っ!!
数人の警察官が、どうやら付近の警備をしているらしい。しかも、ライトを持って…って、ライト!?
そのライトがこっちに向いた瞬間、オレはざぶりと海に潜った。
うーーーーーっ、顔までつめてーーっ!!
ぱっと目を開けたオレの目の前には……魚魚ギョーーーっ!!
そうだ、ここは海だった!!さ、魚がっ!!
オレは慌てて逃げ出した。
ふと目線を上げると、どっかのバカがクルーザーとか停めてやがる。
どっかのバカに感謝だな…。
オレは脇の梯子から上がると、体を縮こませた。
寒い…。ひたすら寒い。オレはとりあえずクルーザーの鍵周辺を弄くって、エンジンと直結させる。それからそこらにある毛布で身を包むと、さっさとクルーザーを発進させた。
とにかく車にもどらねーと、凍え死にそうだぜ…。
クルーザーをこっそりと回したその先に、オレの180sx(ワンエイティ)がある。
遠出する仕事専用で、離れた場所からグライダーを使わずに帰る時には大概使っている。
ヒーターヒーター!!
オレはダッシュでエンジンをかけると、ヒーターのスイッチを入れた。
うー、あったけー…。
目立つシルクハットやマントを脱いでネクタイを緩めると、ようやく息をついた。
だーっせ、今日は疲れた。
濡れたままの服で、オレはクラッチを踏んだ。
やっぱり、車はマニュアルだよなぁ…なんて思いつつ、ギアを1速に入れて車を発進させた。
エンジンの音が気持ち良い。
身体がホカホカと温まったところで、オレは車を街へと滑りこませた。
仕事も失敗したし、憂さ晴らしでもすっか。
あくびをしつつ家を出ると、そこにはすでに青子がいた。
なにやってんだこいつ、朝っぱらから…。
「おっはよ、快斗っ♪」
元気な青子の声がアタマに響く。
「じゃ、行ってらっしゃい、快斗。」
お袋がそう言って笑った後、オレにだけわかるように耳打ちをした。
「私のバラを切った罰よ。青子ちゃんにたっぷりお仕置きされてらっしゃい☆」
あん?なんのことだ?
アタマの中で反芻しようとしたけど…くっそ、頭がガンガンするぜ……。
頭痛、クシャミ、鼻水、鼻詰まり。
これって、風邪っていいませんかっ!?
はー、ダル。
「あれ、快斗…風邪ぇ?」
いやーな笑いを浮かべて、青子は嬉しそうに言った。
なんだその笑い方は…。
「わーるかったな、ちょっと寝冷えして…」
「聞いちゃったもんねー、お母さんから!」
……なに?
って…ふぃ…
「ひ〜っくっしゅんっ!」
だーーーっ!くっそー!
身体が暖まったからって、調子に乗ってドライブなんかするんじゃなかったぜ…。
しかも、途中窓開けてたしなぁ…。
帰ったら熱はたけーし、まったく参るぜ、マジ。
「まーったく! セリザベス号を見物に行って海に落ちるなんでバッカみたい!」
間違ってないけど…お袋、いやな説明したなぁ…。
「うっせぇなー…」
あのガキのせいで、泳いで逃げるしかなかったんだよ…。
「もー、青子の買い物に付き合わなかった罰よ、きっと! そーゆーのを自業自得って言うのよー」
「どっこが自業自得なんだよ!意味がちげーだろ! もっと頭使って物言えよなー!」
「なによ、バ快斗!!」
叫ぶ青子の声は、キンキンと頭に響く。
「快斗が海に落ちて風邪引いてる時、青子なんかかーわいーワンピース買って、恵子と楽しく過ごしてたんだから…。快斗だって、青子に付き合ってれば風邪だって引かないで楽しかったんだよ?」
「へーへ、オレだってセリザベス号を近くで見て楽しかったよーだっ」
「ふーんだ、バ快斗っ」
はー、息が切れる…。
「まったくもー…快斗はお買い物付き合ってくれないし、下着ドロボウには入られるし…青子、なんか踏んだり蹴ったり…」
「下着ドロ?」
あれ…それって…。
考えこんだオレに、青子はジト目を向けた。
「んで、これも快斗のお母さんが教えてくれたんだけど…その下着ドロ、実は快斗だってホント?」
お、お袋…とんでもねーことをっ!!
いや、あのことを指してるなら、本当のことか…
でも、それを言うわけにはいかねーよなぁ。
「バーカ、んなわけねーだろ?」
青子はまだジト目で見ている。
くっそ、信用してねぇなぁ?
「ホントにィ?」
「ホントに!」
ちょっと借りただけだぜぇ……。
「…バ快斗!!やっぱり快斗が下着ドロなんじゃないっ!!」
「へ?」
「なにがちょっと借りただけよーーーーーっ!!」
…どうやら、口に出しちまってたらしい。
青子はダッシュして行っちまったが、オレは走る元気もない。
横で紅子が笑うのを、ただ呆然と見ているだけだった。
踏んだり蹴ったりは、オレのほうじゃねーか…?
家で楽しげに笑うお袋の顔が、目に浮かんだ。
漆黒の星の物語 END
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