そして、予告日当日。
「ねー快斗ー、お買い物行くから付き合ってくれない?」
ぽえぽえと幸せそうだねお前は。
オレは昨日から真珠作りで徹夜だってーのによー。
青子を見上げて、オレは少々ため息をついた。
「なによー、そのため息は!」
「オレは昨日徹夜してて眠いんだよ。帰って一眠りしたら、横浜に来ているクイーン・セリザベス号を見物しに行くんだから、お前のながーーーい買い物に付き合う暇はないの」
「もー、ケチ!どーせゲームでもやってたんでしょー!!いいもん、恵子と行くから!」
青子はパタパタと走り去って行った。
はいはい、好きなだけ行ってきてくれよ。
そう思ってあくびしかけたオレの後ろから、突然紅子が顔を覗かせた。
「うわっ!!」
ひ、ひっくり返るかと思った……。
「バーロ、驚かせんじゃねーよ」
「今日の仕事…充分に気をつけたほうがよくってよ?」
「はぁ?仕事?」
おいおいおい、また占いかよ。カンベンしてくれ。
「時計台の事件の時に予言された光の魔人…あれとまったく同じ光を、今回の事件にも感じるわ…。捕まりたくなければ、手を引いたほうが身の為だと思うわよ…」
いっちいち思わせぶりな言いかたしやがって、まったく…。
「何の事だかわかんねーよ。大体、なんでオレが捕まらなきゃいけねーんだ?」
オレはあっさりとそら惚けて見せた。
だが、予想通り…つっちゃなんだけど、紅子は引き下がらなかった。
「なら、貴方が怪盗キッドなら、今日の仕事に行くことを勧めないわよ、私は。
貴方が捕まるところなんて…みたくないもの」
「………」
真面目な顔をしてオレを見る紅子を真面目な顔で見返してから、オレはふっと笑った。
「怪盗キッドが捕まるわけねーだろ。それに彼は…やめねーよ。誰に、何を言われてもな」
がたんと席を立ちながら、オレはそう言って再び笑って見せた。
紅子は諦めた顔をしてため息をつく。
「貴方が捕まるようなら、私は貴方を取り返しに行くわよ。警察に捕まる程度の輩なら、さっさと虜に出来るもの」
そう言って、紅子は高笑いをしながら去って行った。
おいおい…それはカンベンして欲しいぜ。
オレもカバンを取ると、さっさと家路についた。
のんびりしている暇はない。
しっかし、大きな仕事を前にすると寺井ちゃんと言い紅子と言い、なんでああも不吉なことを言うのかね。素直に成功を祈ってて欲しいぜ。
一度家に帰った後、オレは鈴木邸の近くから電話をかけた。
もちろん、公衆電話だ。
Qセリザベス号が、出発する2時間ほど前。
オレは公衆電話を使って、未だ家にいるという鈴木会長の元へ電話した。
「もしもし、こちら、警視庁の茶木ですが。会長はまだご在宅で?」
電話には、長女の綾子さんが出た。
「ええ、まだ父は居りますが…あの、なにか?」
よしよし、ちゃーんと間に合ったな。
「実は、キッドを捕まる作戦上、出航を2時間ほど遅らせることにしましてな。ですから、そちらの出発も2時間ほど遅らせてもらえませんか?」
「え、あ、わかりました。2時間ですね?」
「ええ、お願いいたします」
しばらく経つと、スタンバイされていた車のエンジンが切られた。
これでこっちはOK、と。
オレはそのまま、後ろで待っていた寺井ちゃんの車に乗りこんだ。
「お待たせ」
「では、いきますぞ、ぼっちゃま」
車は滑らかにスタートした。
寺井はすでに鈴木家の運転手に変装をしている。念には念を、ってやつだ。
オレも後ろの席に座りながら、さっさと着替えを始めた。
綿をつけたマスクを被り、会長が着そうなタキシードを着て、身体を少々太めに見せる。
そしてカツラを被ると、そこに居るのはすでに鈴木会長本人である。
いやー、我ながら自分の才能に惚れちゃうね☆
「寺井ちゃん、おかしくねーか?」
「大丈夫ですよ、快斗ぼっちゃま」
寺井ちゃんはバックミラーでオレを確認してからそういった。
うん、なら良いな。
オレは懐から先日盗んできたプログラム進行表を取り出した。
実は、このプログラムを盗むのが一番大変だった…。
何しろ、鈴木グループの関連会社の総務から、各一名が選出されて作られた特殊な部…なんて名前だったかな?そこの部にもぐりこんで、プログラムをこっそり盗らないといけない。しかも、その部の人間にバレないように…。
あんなパーティーやるためだけに、まあよくもあれだけ部署の警備を厳重にするよな。
と言っても、オレが予告状を出したんだから、それは当然かもしれないけど。
「そろそろ第3京浜ですよ、ぼっちゃま」
第3京浜に乗った後、車は快調に高速を飛ばし、無事横浜港へと滑り込んだ。
すでに何百人もの人々が船に乗りこんでいる。
「大変お待たせ致しました」
オレは車を降りると、茶木警視と中森警部に深々と頭を下げた。
2人も、頭を下げる。
「どうか、今日はお願い致しますぞ」
「任せてください」
茶木警視は胸を張って答えた。
オレが偽者だともしらねーで、いい気なもんだぜ。
本物の会長ならここでまっすぐ船室に向かうんだろうけど、オレはとりあえず人目につかないルートを選んで、人の来ない場所にハンググライダーを置いた。
ラストのラストで、これを使う予定なのだ。
一等船室に入ると、会長の妻である朋子さんが優雅にワインを飲んでいた。
おーお、良い女だぜ。なんでこんな会長と結婚したんだろーなー。
「あら、綾子は?」
「園子に会いに行くと行っていたよ。多分、合流しているだろう」
「そう」
毎回思うけど、ちょっとでもおかしいとは思わないのかねー。
ま、それだけオレの変装が完璧!ってことか?ケケケ。
「さて、そろそろ出航ですわね。会場の方へ行きましょうか、アナタ」
立ちあがった朋子さんをエスコートしつつ、オレは会場へと向かった。
さぁ、仕事だ、仕事!!
会場はすでに何百人もの人々が集まり、談笑していた。
司会に会長の挨拶を促され、オレは壇上へと上っていった。
「我が鈴木財閥も今年で早や60周年…これもひとえに、皆様のお力添えの賜物でございます…」
マイクの前に棒立ちになり、オレは覚え上げた台詞を口にした。
これは、前もって鈴木家から盗み出しておいたものだ。
盗み出した、と言っても、見て覚えたらその場で戻したのだが。
「今夜はコソドロのことなど忘れて、500余名が集まった、優雅かつ盛大な船上パーティーを…」
まわりを見まわして、会長らしく微笑を浮かべた。
「ごゆるりとお楽しみください…」
「その前に…」
「え?」
振り向くと、会長夫人が不敵な笑みを浮かべていた。
「今夜は特別な趣向がこらしてあります…」
彼女は小さな宝石ケースを出して見せると、ニヤリと言う表現がピッタリな笑みを浮かべて言った。
「乗船する際に皆様にお渡ししたこの小さな箱…さぁお開けください…」
会場はざわざわとざわめいた。
「それは愚かな盗賊へと向けた、私からの挑戦状…」
そこここから、驚きの声が上がるのが耳に届く。
これが、会長夫人の秘密兵器ってか?
「そう、我が家の象徴であり、怪盗キッドの今夜の獲物でもある…「漆黒の星(ブラックスター)」ですわ!!」
夫人は高々とケースを掲げ、意気揚揚と叫んで見せた。
おーお、気合いの入っていること。
けど、オレの目は節穴じゃないんだぜ。
本物の黒真珠と偽物と…違いくらい、見れば一発。作っただけ無駄ってことさ。
ま、面白くって良いけどな。
「もちろん、本物は一つ…それを誰に渡したのかを知っているのも、私一人…。後は全て精巧に造られた模造真珠というわけです…」
しかし、500個以上もよく造ったな。さっすが、鈴木財閥。
俺なんか50個作るだけでもーヘトヘトなのによ…。
「さぁ皆さん、それを胸にお着けください!そしてキッドに見せつけてやるのです!!盗れるものなら盗ってみなさいとね!!」
おーお、自信満々。
じゃ、盗ってあげようじゃないの☆
まずは、そろそろバレそうな会長から、着替えねーとな。
「おや会長、どちらへ?」
「ちょっと失礼します。トイレへ…」
オレは個室に入ると、さっさと会長の服やマスクを脱いで、目立たない紳士風の若い男へと変身した。顔も、覚えられなさそうな何気ない顔に変える。
脱いだものは…あのボウズへの、お土産だ。
ま、こっからオレだと分かる証拠が出るわけでもねーけどな。
せめて、塩を送ってやるぜ。
キレイにたたんでマスクとカツラを乗せると、俺はトイレを出た。
離れた場所から、そのトイレを観察する。
…やっぱり、来た。
案の定、ボウズが慌てて駆けて来た。
さて、今の内に……。
「コナンくーん!」
こちらも予想通りの動きを見せている。
蘭さんがボウズの後を追ってきたのだ。
オレも何食わぬ顔をして蘭さんに話しかけた。
「あの、どうかしましたか?」
「あ、すみません、このへんで小さな男の子を見かけませんでしたか?」
「うん?男の子なら、そこの奥へ入って行きましたよ?」
「ありがとうございます」
蘭さんは慌てて部屋の奥へと駆けこんだ。
…ごめんな、お嬢さん。
リモコンのスイッチを押すと、空気の漏れるような音がかすかに聞こえ始める。
5分ほどしてから部屋に入ると、蘭さんはぐっすりと眠っていた。
起こさないように…と言っても起きるわけねーんだけど、そんな風にそっと彼女を抱き上げてオレは船上へ出た。月が明るい。
さて、隠すならあんまり目立たない場所だよな。目立たない場所、目立たない場所…あ、ここがいいかな。
眠りこけている彼女を救命ボートの中に下ろすと、オレはその場で「毛利蘭」へと変装した。そして蘭さんの胸にあったブラックスターのブローチを外し、代わりにカードを貼りつける。
…ゆっくり眠っていてくれよ、蘭さん。
どっか面影が青子に似てて、酷いことできねーんだよ、あんたには…。
オレはしばらく蘭さんの顔を見て、船内に入った。
…さて、いくぜ。
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