Detective Conan

漆黒の星の物語




Perverse child's Rival.










 東都タワーから飛び立ったオレは、米花市の杯戸シティホテルに向かって飛んだ。
 向かい風が気持ち良い。
 本来、ハンググライダーでの深夜飛行とビルなどの上空の飛行は、禁じられている。
 前者は視界が悪く、後者は風が乱れるからだ。どちらにしても飛びにくく、バランスを崩しやすい。
 だが、その禁止されている飛行が、オレは好きだった。
 ハンググライダーで初めて飛んだのがいつだったかは覚えちゃいねーけど、乱れた風に戸惑った事はない(さすがに強風には叶わないが)。
 思えば、オヤジはあの頃から、オレに技術のすべてを受けつがそうとしていたのかもしれない。声色の使い方、変装の仕方、空の飛びかた、特殊な機械……それに手品とポーカーフェイス。まだまだ色々教わった。当時はたんなる遊びだったが、今は「怪盗キッド」としての生活に役立っている。
 ……オヤジ、オレに何をさせたかったんだ……?
 なーんちゃって、考えてもしょーがねーよな。
 考えている間に、杯戸シティホテルが近付いてくる。
 なんだよ、誰もいねーじゃん!
 探偵の一人くらいいてくれれば、張り合いがあるのにな。
 白馬は今ごろロンドンの空の下だし…。
 オレは心の中でため息をついた。
 ん?……人影!?
 警部かな。でも、警部は確か、下で張りこみをしていたはず……。
 オレは驚きを隠し、出来るだけ音を立てないようにそっと下降に入った。
 影は小さい…ありゃ、小学生だよな。それも、1、2年ってとこだ…。
 なにやってんだ、こんなとこで?
 オレはバレないように気を使いつつ、そうっと屋上の入り口の上に降り立った。
 …けど、そのガキはくるりと振り返り、びっくりした顔をしている。
 ガキがんなとこで遊んでんじゃねーよ…と思いつつ、オレはなにか違和感を覚えた。
 なんだ?
 キッド特有の不敵な笑みを浮かべながら、オレは心の奥で考えた。
 今いる場所から軽く飛び降りて、オレはガキのいるところへとゆっくり近付いた。
 月を背中にしたから、顔は見えていないはず。
 そうして、あと数メートル、と言うところまで近付いてから声をかける。
「よぉ、ボウズ…。なにやってんだ、こんな所で…」
 ガキはオレに背を向けて、ロケット花火に火を付けた。
「花火!」
 ポン、と音がして、空に小さな華が咲いた。
 ………ぜってー気付いたよな、警察のへリコ。
 そりゃ、警視庁へと栄転した警部をからかうのと、やつに会う為の前振りを作るためにここまで来たけどよー。 あーめんどくせ。どうするかな…。
 ガキは手を上げると、嬉しそうに近付いてくる警察のヘリコプターを指差した。
「あ、ほら、ヘリコプター!こっちに気づいたみたいだよ!」
「……」
 なんだ、こいつ……意識的にやってんのか…。
 ここにいたのは偶然じゃなかった……ってことだな。
 そりゃおもしれぇ♪
「ボウズ…ただのガキじゃねーな…」
 ガキはくるっと振り向くと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
 そうか、さっきの違和感。表情だ。
 その子供らしい容貌には相応しくない、大人びた笑み……。
「江戸川コナン…探偵さ…」
「ホー…」
 探偵、ね。
 まいったな。こんなちいさなガキが、探偵とは。
 だが、オレはこの子供に対する意識をすぐさま切り替えた。
 警部以外の警察や、他の探偵がたどり着けなかった場所に、こいつはいる。
 侮ったら、やられちまうかもな?
 なーんつって。
 オレは心の中で笑った。
 探偵を名乗る少年は、未だ遠いヘリコプターを指差して、楽しげに言った。
「それよりいいの? 怪盗キッドさん? 早く逃げないと、ヘリコプター来ちゃうよ…」
「フム…」
 オレは考え事をするために余所見をしているフリをして、コナンと言う少年の仕草を盗み見た。
 何かしようとしてるな?
 さて、オレにそれが通用するのかどうか……
 思わず、口元に笑みがこぼれる。
 とりあえず、いつもの手で逃げることにしとくか。
 オレは懐を探ると、無線機を取り出した。
 周波数を合わせて、咳ばらいを一つ。
「あー、こちら茶木だが!杯戸シティホテルの屋上に怪盗キッドを発見!!米花、杯戸町近辺をパトロール中の全車両および!米花町上空を飛行中の全ヘリ部隊に告ぐ…速やかに現場に直行し、怪盗キッドを拘束せよ!!」
 声色は、得意中の得意だぜ☆
『こ、こいつ、私の声を…』
 無線機の向こうから、警視の悔しげな声が聞こえる。
 怒ってる怒ってる♪
『ええい、これは奴のワナだ!!早く全機、全車両を連れ戻さんか!!』
 ええそのとおりですよ、別の意味でね。
 叫んでいる警視の声を無視して、オレは別の周波数に切り替えた。
 コレは、警部の使ってる周波数。
「えー、ワシだ!中森だ!!杯戸シティホテル内を警戒中の各員に告ぐ!キッドは屋上だ!!総員ただちに突入!奴を取り押さえろ!!繰り返す…」
 オレはもう一度同じ内容を口にしてから、レシーバーのスイッチを切った。
 これで、警察ご一同様がここに終結するってワケだ。
 目の前でぽかんと口を開けてこちらを見ている「探偵」くんに、ニヤリと笑いかけてからオレは言った。
「これで満足かな?」
 後ろからライトが浴びせられる。
 ヘリが到着したな。音がうるさい。
 だが、まるでスポットライトのようで気分はいい。
「探偵君?」
 ひときわ大きな声で、あの小さな探偵に聞こえるように言った。
「動くな、キッド!!」
「これはこれは中森警部…お早いお着きで…」
 バタンと音を立てて真っ先に入ってきたのは、予想通り中森警部だった。
 さっすが、オレ専任だけのことはある、かな?
 警部はオレに拳銃を向けたまま、うっすらと笑みを浮かべている。
「フン!何を言う…ワシがきさまの予告状を解いて、ここで張っていたのを知ってたクセに…」
 勝ち誇った笑みを浮かべて、警部は言った。
「ハンググライダーでここから飛び立つと踏んで、ホテル内の人間を全て調べ、玄関口を固めていたが…まさか、東都タワーから迂回して、ここに降り立つとは思ってもみなかったよ…。
 だがあの真珠はあきらめろ…きさまにはもう逃げ場はない…」
 警部の後ろからゾロゾロと大勢の警官や刑事たちがなだれ込んできた。
 いや、たくさんいること。
 捕物帖はそうでなくちゃな。こっちも助かるってもんさ。
 思わず、含み笑いが外気に触れる。
「今夜は、貴方がたの出方を伺うただの下見…盗るつもりはありませんよ…」
 袖口にスイッチを滑り込ませながら、オレは笑った。
 きっと、警部たちには不敵な、余裕のある笑みに見えたことだろう。
 事実、余裕があるのだから仕方がないが。
「なに!?」
「おや?ちゃんと予告状の冒頭に記したはずですよ…」
 ボタンを押すと、ピッという電子音がした。
 かまわずオレは言葉を続ける。
April fool(ウソ)ってね?」
 オレの背中に、大きな翼が生えた。
「や、奴を飛ばすな!かかれぇ!!」
 背に生えた大きな翼…ハンググライダーを見て、中森警部は慌てて走り始めた。
 オレはそれを尻目に、ハンググライダーをベルトで固定し、左の袖から用意していたものを落とした。
 途端に閃光が目を塞ぐ。
 げっ、ちょっと強すぎたか?まぶし…いけど、まあすぐに慣れる。
 こんだけ年中使ってて、慣れない方がおかしいとも言うが。
「閃光弾!?」
 さっきの「探偵」くんの声が聞こえて、オレは彼に目を向けた。
 まぶしそうに腕で光りをさえぎっている。
 オレはニヤリと笑うと、ゆっくりと口を開いた。
「よぉ、ボウズ…知ってるか?」
「!?」
 「探偵」くんはこっちを見て、不思議そうな顔をしている。
 奴には結局会えなかった。でも、このボウズに会えた。
 そしてオレは、かなりこのボウズを気に入ってる自分に気付いていた。
「怪盗はあざやかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが…」
 乗ってこい、ボウズ。
「探偵はその跡を見てなんくせをつける……」
 オレの、挑戦に。
 一介のガキでしかねーおめーが、どこまでやれるか…
「ただの批評家に過ぎねーんだぜ?」
 オレが、試してやるぜ!
「なに!?」
 もう、光が途切れる。
 その前に、オレはスモーク弾を地面にぶつけた。
 ポン!という小気味良い音と、あたりに広がる無視界の煙にまぎれ、オレは用意してあった警官の制服に素早く着替えた。
 煙から気付かれないように離れ、何食わぬ顔…それも、驚いた顔で煙を見つめた。
「きっ…消えた!?」
 「探偵」くんも、中森警部も、必死に空を見上げている。
 面白いもので、空中に舞うと見せかけてから消えると、人は空を探してしまう。自らと同じ姿をしたものには、疑問さえ抱かない。
 これは、仲間意識とでも言うんだろうか?

 そして、わざと上空から第2の予告状が落ちてきたように見せかける。
 今度は、偽物なんか出してくんなよ?












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