彼らが全員眠ってしまった頃、大きな鐘の音が鳴り響いた。
その音を数えながら、俺はリモコンのスイッチを押した。
今ごろ外では、鐘の音と共に煙が舞っているはず。
そして、それが消える頃には……。
外から、歓声が上がるのが俺の耳にも聞こえた。
オレは変装を解くと、小さな扉から外へと飛び出した。
とは言っても、ここは空中…オレは出口の端を蹴って時計の大きな針につかまった。
2センチほどの段差があれば、そこにとどまっていられる。
と、後ろから「キィ」という小さな音がした。
「か、怪盗キッド!!!」
オレは右手で針に掴まり、左足で針をとめている芯に乗った。
その状態なら身体も安定しているし、多少なら融通が利く。
中森警部はそんなオレを見やると、無線機を取り出した。
「ワシだ、中森だ!!キッドを発見した!!奴は今…」
それを言い終わる前に、オレはトランプ銃を取り出して左手に構え、警部に向けて撃った。
警部の無線機はオレの撃ったトランプに弾き飛ばされ、遥か下方へと落ちて行った。
さて、時計台…戴きますか☆
「中森警部…残念ですが今夜はあなた方とじゃれてる時間はありません…どうやら、少々頭の切れるジョーカーを味方に付けられているようですし…」
警部にトランプ銃の照準を合わせたまま、オレは…キッドとして言った。
「それに、人を呼ぶのは文字盤の中心に刻み込んだ…」
オレは右足のつま先でコンコンと文字盤を叩いて見せた。
「この暗号を解いてからにしていただきたい…」
「あ、暗号!?」
思った通り、警部はあっさりと乗ってきた。
そう、これがあれば、この時計台の工事は中止せざるを得ない。
そして、その結果…移築が中止になる。オレはその為にこんな高いトコまで上って暗号を書き記したんだからな。
オレがニヤリと笑った瞬間、降りていた巨大スクリーンがゆらりとゆれた。
スクリーンの向こうからバリバリと言うヘリコプターの音がした。
しまった、ヘリの風で煽られてるのか!?
オレがスクリーンの向こうに居るだろうヘリに目を向けると、突然「ドン!」という鈍い音がした。続けて、「ガキュン」という音と共に、巨大スクリーンを支えていた下の鉄棒から、布が外れた。
チッ、良い腕してやがる…。
くそっ、こんな近くにヘリがいたんじゃ、ハンググライダーで飛ぶのは無理だ…気流が乱れすぎてる。
どうする?
どうする??
腕に自信があるらしいな、ヘリの奴は…ああ、多分、アイツが「ジョーカー」で、紅子の言ってた「光の魔人」なんだろう。
だとしたら…これしかないな。
オレはトランプ銃を構えてスタンバイした。
予想通り、奴は再び銃を撃って来た。止めてある、もう片方の鉄棒も切り離されてしまった。
が、オレはそれとほぼ同時に上のロープをトランプ銃で撃ち、切り離した。
ヘリに煽られたスクリーンは、当然のごとく時計台から離れて行く。オレはその離れ行くスクリーンに掴まり、そのまま下の人ごみへと落ちた。
警部やジョーカー君の驚く顔が目に浮かぶようだぜ。ケケケっ!
オレはスクリーンにまぎれながら、さっさと服を着替えた。
そして、ふわりと下へ到着…って、いってーーー!!
着地に失敗して、すりむいちまった…。
顔や腕がひりひりする。
他の逃げ送れた人々と共になんとかスクリーンの下から抜け出すと、時計台を見ながらボーっとしている青子を見つけた。
…やっぱり来てたのか、青子のやつ…。
オレはぼんやりとうつむく青子の前に、オレは薔薇の花を出して見せた。
「オレ、黒羽快斗ってんだ!よろしくな!」
「快斗!!」
パッとあかるくなる青子の顔を見て、俺は満足した。
その為に、キッドが予告状を出したんだから……。
『忘れるかよ…バーロ…』
「ぼっちゃま?どうかしましたか?」
寺井ちゃんに話しかけられて、オレは我にかえった。
「寺井ちゃんが妙な事言うから思い出しちまったんだよ!スゲーヤバかった時計台のヤマ…」
オレは寺井ちゃんを睨みつけて言った。
寺井ちゃんは堪える様子も無く、しれっとして口を開いた。
「そーいえばあの時計台、どーなりました?」
「あ、そっか、寺井ちゃん引っ越しちまったから知らねーんだ…」
「では、やっぱりあの後、移築を……」
悲しそうな声を出す寺井ちゃんを尻目に、オレは時計でタイムカウントを始めた。
「スリー、ツー、ワン…」
ゼロになると共に、街に鐘が鳴り響いた。
そう、この鐘の音が、あのときの仕事の成果だ。
「こ、この、鐘の音は…」
「あの後、警察が調べてダイヤが偽者だとわかり、市が安く買い取ったんだよ…」
鳴り響く鐘の中、オレはあの時計台を姿を思い出していた。
宝石は偽物であっても、あの時計台はやっぱり良い。
思い出の場所だから…ってだけじゃなくてな。
「よーし、そろそろ行くとすっか!」
オレはハンググライダーのスイッチを入れ、ベルトを止めた。
帽子の角度をただし、自分に気合を入れる。
「狙いはビックジュエル!鈴木財閥の至宝『漆黒の星(ブラックスター)』!」
「ぼっちゃま…もはや止めはしませんが…」
寺井ちゃんが毅然とした顔つきで口を開いた。
「盗一様が常々言っておられました…。客と接する時そこは決闘の場、決しておごらず侮らず相手の心を見透かし、その肢体の先に全神経を集中して持てる技を尽くし…」
オレは視線を前に戻し、目を伏せた。
オヤジの顔を思い出す…。あの、常に微笑を湛えた、毅然としたオヤジの顔を…。
「なおかつ、笑顔と気品を損なわず…」
「いつ何時たりとも…」
寺井ちゃんの言葉を引き継ぐ。
いまでも、一言一句思い出せるぜ。
「ポーカーフェイスを忘れるな…」
オレは帽子のツバを軽く持って、寺井ちゃんにニヤリと笑いかけた。
キッドの顔で…。
そして、地を軽く蹴って大空へと飛び立った。
「だろ?」
姿が見えなくなっていく寺井ちゃんに確認するかのように、オレはつぶやいた。
だが、間違っていることなどありはしない。
風を切りながら、オレはオヤジの言葉を心で思い返していた。
快斗ではない。ここにいるオレは、怪盗キッドなんだ…。
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