Detective Conan

漆黒の星の物語




Clock Tower of the Prophet.










 ちょろい…ちょろすぎる…。
 オレは今朝コンビニで買ってきたばかりの新聞を広げて、ケケケと笑った。
 いやー、笑いが止まらない。
 こりゃー次の仕事も小指の先でちょちょいのちょいだぜ。
 新聞には、いつのまに撮ったのか、クレッセントムーンをバックにしたオレ…キッドの写真が載っていた。
 しかも、ポーズもばっちり。いやー、いいねー。
「お?キッドに魅了された女性ファン急増中…」
 女性ファン!!オレに女性ファンか!!
 たまんねーな、こりゃ♪
 ニヤニヤと笑みを浮かべてオレが見ていた新聞に、誰かの手がかかった。
 しかも、ビッという音と共に…
「え?」
 新聞はそのままビリビリと音を立てて破れた。
 おいおい、この新聞、いっちゃん良い写真が載ってたんだぞ!!
「なーにが女性ファン急増中よ…」
 静かな声。こりゃ…
「あーんな泥棒青子ん中じゃねーー!最低男街道だんトツ独走まっしぐらよーーーー!!!」
 やっぱり青子か。
「まーそう怒るなよ!いくらあの泥棒に、オメーのオヤジのあのヘボ警部が毎回毎回やられてるって言ったって…」
 オレは飛び散った新聞の切れ端を集めながら言った。
「しゃーねーだろ?」
 その切れ端を、握った手の中に押し込んで行く。
「なんたって奴は…」
 ワン、ツーと青子が覗く中カウントをしてから、ぱっと広げて見せる。
「確保不能の大怪盗なんだからよ!」
 そう、広げた両手の間には、元に戻った浅井新聞があった。
 これは手品の初歩。残念ながら、タネはヒミツ☆
 青子の驚いた顔が目に嬉しい♪
「まぁあの警部じゃスターウォーズが完結しても逮捕は無理だろうぜ…」
 オレがケケケっと笑うと、青子は机に手をついてジト目で睨んだ。
「なにさ!キッドと同じで、ちょっとくらい手品ができるからって、いつもキッドの肩もっちゃって…あんなの、盗んだ物を捨てたり後でこっそり返したりしてる、ただの善人ぶった愉快犯じゃない!」
「あら…私は彼のそーいうトコ好きよ…」
 叫ぶ青子の後ろから、いやーな女が顔を覗かせた。
 小泉紅子…この女、苦手なんだよなぁ。
 曰く、魔法使いだとか……
 紅子はオレの後ろに回りこんで、覗きこむようにして言った。
「イタズラ好きの少年みたいで、カワイイじゃない♪」
「あ、紅子ちゃん…」
 青子はぱたぱたとオレの前を通りすぎると、がしりと紅子の肩をつかんだ。
「だまされちゃダメ!あいつはどーころんでも犯罪者!悪者なんだから!!」
 ハハハ…断言されちまった。
 そりゃ犯罪者だけどよー、オレは……。
 びっくりしている紅子(珍しい…)の肩を掴みながら、青子はなおも叫んでいる。
「それにニュースで見たでしょ?キッドの次の獲物!」
「ああ…駅前の古い時計台だったかしら…」
「そうよ!あれはこの町のみんなの物なのよ!なのにその時計を盗むなんて、ひどいと思わない?」
「え、ええそうね……」
 気合いの入った青子に詰め寄られ、紅子はオレの方にちらりと視線を向けてきた。が、オレは気付かずに新聞を読みふけってるふりをした。
「それにあそこは…」
 ん?
「あの時計台は…」
 青子の呟きとも言える声に、オレはそっと後ろを覗き見た。
「………」
 思わず、顔が笑う。
 覚えてたのか、青子……。
「でも、あの時計台、もうすぐ移築されちゃうって聞いたよ?」
 後ろから恵子が口をはさんできた。
「どっかのテーマパークのシンボルにするって…」
「恵子…」
 恵子はにこにこっと嬉しそうな顔をして、明るく言葉を続けた。
「どーせなくなっちゃうなら、キッドに盗られたほうがいいってみんな言ってたし♪」
「ダメなものはダメなの!」
 そうか、恵子はオレ…いや、キッドのファンだったな。
 言い争いを始めた青子たちを尻目に、紅子がオレに近付いてきた。
 なんだよ、来んな。
「ねえ…どーいうつもりか知らないけど…今回の仕事、手を引いたほうがよくってよ!」
 おい、またかよ。
 思わずジト目になっちまうなー。
 紅子は、オレがキッドであるってことに気付いているらしい。ことあるごとにオレに対してキッドへの忠告を持ってくる。
 オレはもう言いなれた台詞を繰り返した。
「だーかーらー、言ってんだろ?オレはキッドじゃねーって!」
 否定しても、全然聞かねーんだ、この女。
 紅子はシリアスな顔でオレを見ると、ゆっくりと言葉をすべらせた。
「時告ぐる古き塔、二万の鐘を歌う時…光の魔人、東の空より飛来し白き罪人を滅ぼさん…」
 詩のような言葉を口にする紅子に、俺はため息を吐きかけた。
「はぁ?また何かのくだらねー占いか?」
 オレが呆れたようにそう言うと、紅子は睨みつけるような笑みでオレの肩に腕を置いた。
「占いじゃないわ…邪神ルシュファーが私に告げた予言よ…」
「ル、ルシュ…」
 おいおい、マジかよ。
 ルシュファーって、聖書に出てくる悪魔だろ?神に歯向かって堕天した……。
「あの時計台が二万回目の鐘を鳴らす日が、丁度あなたが予告した夜…。信じるか信じないかは、あなたの勝手だけどね…」
「は……」
 ごっじょうだんでしょう…。





 「予告状」の指定時間は12時ジャスト。
 その前に、オレは時計台を「盗む」ための準備を進めていた。
 工事中の時計台に忍びこみ、巨大なスクリーンと映写機を、元々決めていた場所に設置する。これで、時計台を「盗む」のだ。
 それから、とっておき。これをしないと、この仕事は成功しない。
 オレは全ての細工を時計台の各部に施し、あらかじめ手に入れていた設計図を頭に叩き込んでから一台のパトカーに向かった。
 警官の服に着替えてから、オレは彼の警察手帳を取り出した。
 そして、時間を見る。
「予告まであと28分30秒…」
 そろそろ、かな?
 オレはマスクを用意して、被りながら彼を振りかえった。
「それでは、江古田在住27歳独身の泉水陽一巡査…。顔と名前、お借りしますよ…」
 あらかじめ彼については調べてある。データについては今見れば30秒で覚えられるし、喋りかたを調べれば特に問題はない。喋りかたを間違えて疑われるのはごめんだしな。
 ま、んーなドジはふまねーけど。
 オレは裏の路地に止めたパトカーを降り、小脇に抱えていた帽子をかぶりながら歩き出した。
「失礼!」
 ちょっと痛かっただろーけど、ま、いーか。





 時計台の前では、キッドコールが盛んに行われている。
 いやー、いいねぇ♪
 こーゆーのを聞くと、キッドも悪くねーなって思うぜ。
 オレはシルクハットを抱え、必死な顔で走りながらちょっと嬉しく思った。
 その野次馬たちも、ロープでしきられている。警備の邪魔になるためだ。
 オレは数多の警察に紛れ、責任者らしき人物に話しかけた。
「なに!?パトロール中にキッドらしき不審な男を見かけた!?」
 予想通り、やつらはオレの提示した餌に食いついてきた。
 餌ってのはもちろん、オレの持っている「キッドのシルクハット」である。
「はい!このような怪しげな帽子を落として立ち去りました!」
「こ、これはキッドのマントとシルクハット!」
 彼は無線で誰かに…多分中森警部だろう…連絡をとると、こちらを見ながら無線を切った。
「よし!警部からの了解を取った!その時の状況や、男の人相を最上階にいる警部に直接報告しろ!」
「は!」
 ビシッと敬礼をして、オレは最上階行きの階段を上り始めた。
「ケケケ、楽勝じゃねーか!やっぱり白馬の野郎がいねーと、スムーズ過ぎて張り合いがねーなァ…」
 白馬はと言えば、「やりのこしたことがある」とかで、ロンドンに一時帰国したらしい。
 いや、帰国ってのも変か……。
 しっかし、こーんな警戒体制で、よくオレを捕まえようと思うもんだな。
 オレは階段を上りながら呆れたようにため息をついた。もちろん、心のなかで、だが。
「ああちょっと、そこの君。どうしたのかね?」
 途中の階で、刑事らしき人物に引きとめられた。
 オレが下で言ったことと同じ事を繰り返すと、刑事はそれを受けとってしげしげと見つめた。
「ああ、キッドのシルクハットか…連絡は受けてるよ…。一応、警察手帳と免許証を…」
「あ、はい…」
 オレは下でパクって来た警察手帳と免許証を彼に手渡した。
 彼は手帳を開くと、上目遣いにオレを見やった。
「じゃあ、年齢と歳と誕生日を言って…」
「泉水陽一27歳、6月2日生まれであります!」
 即答すると、刑事はあっさりと信じたようだ。
 ちょろいぜ!
「よーしごくろう!最上階で中森警部がお待ち兼ねだ!」
「ハッ!!」
 オレは敬礼をして、渡した手帳と免許証を受け取ろうとした。
 が、刑事はさっとそれを交わすと、ニヤリとして言葉を続けた。
「あ、そうだ…念の為に、免許証番号を言ってみろ!」
「あ、はい、はい…」
 そんくらい、覚えてるに決まってんだろ!
「第628605524810号であります!!」
 ちょろいぜ!!
 と思った瞬間、周囲がザワリとした。
「え?」
「は?」
 な、なんだ!?
「か…か…」
 ちょ、ちょっ、まさか……
「怪盗キッドだ、捕まえろォ〜〜〜〜〜〜!!」
 マ、マジかよ!?
 オレはダッシュで逃げはじめた。
 冗談じゃねーぞ!!なんでこんなに鋭いんだよ、今日の警察は!!
 廊下の角を曲がると、すぐにトイレに入った。
 ここには通風口があるはず…しかも古い建物だから、人が一人入れる位の大きさだ。
 オレは急いで通風口のネジを外すと、中に入って中からはめなおした。
 さーて、文字盤のほうへ急ぐか。ちっと予定が狂っちまったけど、しょーがねーよな。
 しばらく進むと、後ろから光が浴びせられた。
「いたぞ、奴だーーーーーー!!」
 け、警官!?もう見付かったのか!?
 おいおいおい、やけに冴えてんじゃねーか、今日の警部…。
 それとも、警部に誰かが助言してる?でもいったい誰が!?
 オレはさっさと通風口を進むと、正面に見えてきた通風口の出口を外した。
 遠くから焦ったような声が聞こえた。どうやら、現在位置の確認をしようとしてるみたいだな。
 通風口から出ると、さっと落ちたフリをして、通風孔の上に上がった。
 足を引っ掛けられるスペースはわずかだが、これくらいはなんてことはない。
 ズルズルと音がして、「中村」と言うなの警官が頭を覗かせた。
「こ、こちら中村!通風口出口で目標を見失いました!!」
『現在位置は!?』
「えーっと、ここは…」
 下を向いた警官を見て、俺はニヤリと笑った。
「四階東側の廊下です!!」
 声を真似るなんて、ちょろいぜ。
「え?」
 警官がこちらを見たらしい。
「現在目標は警官の変装を解き、階段をくだって逃走中!至急応援を…」
「か、か…怪盗キ…」
 オレは無線機を切ると、すっとしゃがみこんだ。
 持っていたスプレーを噴射させると、彼はあっさりと眠りこけてしまった。
 顔が思わず笑ってしまう。こんな程度の奴が警官じゃ、オレを捕まえるのは100年経っても無理だぜ?
 オレは上の通風口に飛びつくと、ネジを外してもぐりこんだ。
 もう予告の時間だ。急がないとヤバイ。
 機関室の通風口に近付くと、オレはひらりと降り立った。
「な、怪盗キ…」
 言いおわる前に、オレはスプレーで彼らの眠りを誘った。












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