鈴木家所有の黒真珠、『漆黒の星(ブラックスター)』の展示が今月下旬から杯戸博物館で行われる……か。
ブラックスターって言えば、ビッグジュエルだよな、一応。
オレはアクビをしつつ、新聞を見返した。
確かに、ブラックスターだ。
でも、これって月に透かして、パンドラが見えるか?
……真珠だしなー。炭酸カルシウムの固まりだし。ちょっと無理っぽいよなー。
オレはそう考えながら、天を仰いだ。
「黒羽くん……聞いているの!?」
いきなり怒鳴られ、オレはゆっくりと前を見た。
良くあることだが、新聞を読んで考え事をしているオレに腹を立てたらしい。
「もー、青子がせっかく注意してあげたのにー」
はい?注意?いつのまに?
どうやら、集中していて気付かなかったらしい。
気付くように注意しろよな、まったく。
「黒羽くん、応用問題の4、答えを言いなさい!!」
どーして教師ってーのはこー………。
オレは問題にさっと目を通した。
「2xy-3z」
「……正解」
聞くだけ無駄なんだから、やめときゃいいのによ。
オレがこうしてすぐに答えるから、最近は新米教師以外に注意されなくなった。
再び新聞を広げる。
鈴木財閥……か。
あれ、あそこの末娘って、確か帝丹高校に通ってたよな?
……もしかして…。
ふっと思い付いた考えに、オレは虜になった。
そりゃ、おもしれぇ。
「先生っ!!」
ガタンッと勢い良く立ち上がったオレに、教師はむっとした顔でこっちを見た。
どうせ、明日は終業式なんだ。別にかまいやしねーや。
「オレ、早退するな!」
かけてあった鞄をとって、オレはさっさと扉に向かった。
「ちょっとぉ、快斗っ!?」
「青子、ノートのコピー、よろしくな!」
怒る青子の声が聞こえたけど、無視してオレは家に向かった。
まずは、情報集めだな。
オレは制服のまま、商店街の外れにある寺井ちゃんのビリヤード場「ブルーパロット」に向かった。
「寺井ちゃん、いる?」
見回してカウンターに寺井ちゃんの姿を見つけた…まではよかった。
また寝てるよ……。
「寺井ちゃん!!」
ゆさゆさと揺さぶり起こすと、寺井ちゃんはようやく目を開けた。
ったく。
「あ、快斗ぼっちゃま。来てたんですか?」
「まーったく、情報を集めて貰おうと思ったら……。金でも盗まれたらどうすんだよ」
「大丈夫、そんなに入ってませんから」
寺井ちゃんはレジを指差していった。
そう言う問題かっての。
オレは朝買った新聞を広げて言った。
「寺井ちゃん、これについて調べてくれよ」
「これは……鈴木財閥の」
どうやら、目が覚めたらしい。
「………仕事、ですか」
「ビッグジュエルかもしれねぇ」
寺井ちゃんは新聞をまじまじと見て、軽く頷いた。
「明日お渡し出来ると思います」
「分かった、明日来るよ」
短い会話をして、オレはさっさとブルーパロットを出た。
情報を確実にするためには、寺井ちゃんだけの情報だけでは足りない。
計画を立て、必要な情報を集める……。
やることは、いくらでもあった。
次は下見だ!
オレはいったん家に戻ると、オレの部屋にかかっているオヤジのパネルの裏側…怪盗キッドの部屋へと入った。
いくつかあるカツラの中から、ストレートで栗色のカツラを選ぶ。
それから、銀フレームのメガネ。
化粧をして顔を少しいじくると、そこにはおとなしそうな文学青年がいた。
さて、いくか。
予告前の米花博物館は、穏やかな時を刻んでいた。
春休みに入ったのんきな親子が、感嘆の声をあげながら館内を回っている。
えーっと、ブラックスターは……あ、これだ。
ガラスケースに収められたブラックスターは、ペンダントヘッドになっていた。
スポットライトを浴びて、キラキラと輝いていた。
キラキラと……って、思いっきり偽物じゃねーか。
これじゃ、当日も偽物だろうな……。
オレは館内を隅々まで回り、家路についた。
計画を立てた結果、とりあえず4月の1日は様子見と言う事にした。
寺井ちゃんの情報でも、予告の日には偽物が展示されるらしいしな。
出張ってくるのは、警視庁の茶木警視と、最近港警察署から警視庁に移った中森警部。
それに、最近名が売れてきた「眠りの小五郎」こと毛利小五郎。
あいつの名前はなかった。
なんだよ、その為に米花市を選んだのに…。
来るんだか来ねーんだかわかんねーけど、もしも奴が出て来ねーんじゃ、やる事も変わってくるよな……。
予告状を作るために机に向かい、オレは文章を考えていた。
あ、待てよ。確か、暗号好きだって話だったよな、アイツ。
思わず、口元に笑みが零れる。
なんか、暗号にしよう。
それから……あ、そうだ、お袋がやったら小ぶりの薔薇を貰ってきてたな。
ついでだから、あれでもつけてやろ。
最近、くせーんだよな、家の中が。薔薇の匂いが充満してて。
お袋は幸せそうだけどさ……。
いっくら、親父との思い出の花だって言ってもなー……。
ま、いいや。あれを予告状に貼り付けて…と。
カードをたたんで、封筒に入れる。
あとは鈴木家のポストに入れるだけ。それは明日でもいい。
さて、ネットに入るか。
奇術愛好家連盟のチャットに入りながら、他の場所で情報を集める。
ネットに入るためのIDは、他人の物である。ネットの使用目的は、キッドとしての情報活動が8割を占める。残りの2割は奇術愛好家連盟と、その他だ。奇術愛好家連盟は、その名の通り奇術ファンの集まる場所で、オレの親父・黒羽盗一を知っている人も多い。あまり、オレが息子であると言う事実を知られたくないので、ここでも正体を隠していた。
奇術愛好家連盟でのオレは、ハンドルネームはレッドヘリング、本名は土井塔克樹で、21歳の医大生だ。
別のページでもその名前を使っている。
そういや、シャーロキアンだった「シェリング」は、どうしてっかな…。ここしばらく、見ねーけど。
シェリングは、フルネームで「シェリング・フォード」と言うらしい。ホームズの前身となった探偵の名前だったと思う。ホームズフリークらしいHNだ。
別に奇術愛好家連盟のメンバーじゃないので、俺は彼にだけHNを「アルセーヌ」と名乗っていた。そう、かの「アルセーヌ・ルパン」のアルセーヌだ。釣り合いが取れていて面白いかもしれない、と思っただけだが。
警察のホストに侵入しながら、俺は「レッドヘリング」として、和やかに話をしていた。
しかし、日本の警察はガードが甘いな。
「土井塔克樹」へのメールは、警察のサーバー内に設置してあるから、警察のホストに侵入しないとメールが読めない。
こっそりと侵入してメールを開くと、シェリングから手紙が来ていた。
なんだか、久しぶりだな……。
俺は思わず、回線を切るのも忘れて読みふけった。
うへぇ、眠い。
さすがに、徹夜で警察から逃げ回るのは苦労した。
とはいっても、現実世界の話じゃない。
ネットの中での話だ。
うっかり繋げっぱなしだったので、警察に見付かっちまったのが痛かった。
何とか逃げ切ったけど、割と辛かったな、あれは。
さて、今夜は仕事だな。
蛇が出るか鬼が出るか…か。
「快斗ぼっちゃま、こちらです」
寺井ちゃんが手招きをする。
赤く染まった、鉄の骨組みを持つ塔……東都タワー。
今日はここから飛び立つ。
寺井ちゃんに手回しを頼んで、中に入れるようにした。
あ、1時の鐘だ。早くしねーとな。
何しろ、大展望台まで上らねーといけねーんだ、階段を。
キッドを華麗に見せるには、影で苦労をしねーとな…。
さて、奴は来るかな……?
オレは懐からナイトスコープを取り出した。
目的の場所を覗けば、情報が浮かび上がった。盗み専用のスコープだから、警察のデータが映像にリンクされ、映し出される。
「闇夜に鉄のカラスが二羽…その奥にもう三羽…おっとっと、装甲車まで用意してやがる…」
オレは思わず声を上げた。我ながら、楽しげな声だと思う。いや、実際楽しいんだけどよ。
「さーすが警視庁♪ 気合い入ってんじゃねーか!」
そう、今日からは、警視庁の気合いが違う。
なにせ、かの中森警部が移動になったのだ。
これは、おめでとうを言わなくてはなるまい♪
「お止め下さい快斗ぼっちゃま…今回のヤマ…なにかイヤな胸騒ぎがします…」
さっきからイヤーな顔をしていた寺井ちゃんが、やはり心配げな顔をして口を開いた。
「以前のような窮地に追い込まれ、ぼっちゃまの身にもしもの事があれば、この寺井、先代のキッドである盗一様の霊前に、何とお詫びすればよいやら…」
おいおい、またかよ…。
「―――ったく、でけぇヤマの前にはいつもこれだ…かんべんしてくれよ…」
オレはふぅ、とため息をひとつ吐いて、足元に置いといたシルクハットを拾い上げた。
中に入れてある布を取り出しながら、オレは目を伏せた。
「それに、今夜のオレはあんたが付き人を務めた奇術師・黒羽盗一の息子でも…」
布は、オレの身体をこの世から消し去るかのようにまとわりついてくる。
「高校二年生の快斗ぼっちゃまでもない!!」
自然と笑みがこぼれる。何故だろうと不思議になったりもするが、やはり、オレの中からキッドが現れるからなんだろうか。
「今、世間を騒がせている…」
布は完全にオレを包んだ。そして、次の瞬間には別の姿へと変わる。
「キザな悪党だよ…」
この姿に変わると、オレの呼び名も自然と変わる。
そう、親父から受け継いだ、世界的なドロボウ…怪盗キッドと。
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