Detective Conan

酒盛り  : Be Friends




後編








「なにやってんだ、オマエら」
「開口一番それかいな」
「名探偵、挨拶がなってないっ」
 びしり、と二人に言われ、新一は仕方なく「ただいま」と溜息混じりにそう言った。
「…酒くさー」
「酒飲んどんのやから、当たり前やがな」
 どうしようもなく当たり前の事を返され、思わず突っ込むタイミングを失ってしまう。
「ねー、名探偵も飲も?」
「飲も?って言われたってよー…」
「なんや、工藤、もしかして…酒入っとんのとちゃう?」
 さすが探偵〜良く分かった〜と快斗がわやわや囃し立てると、平次はどもどもーと両手を挙げて見せた。
「…オマエら、相当入ってねーか?」
「明日ー、料理用のお酒買って来なくっちゃー」
「ああっ、父さんのブランデーまで!」
「美味かったでー、これ最高やんかー」
「あああぁぁ…密かに飲もうと狙ってたのに…快斗、見つけたのてめーか!」
「ふふふーん、怪盗ですからー」
 でへへーとにやけるその様は、どうにもあの白いドロボウと結びつかない。
「…か、カラじゃねーだろーな」
「あと一口…」
 揺すると、ちゃぽちゃぽと音がした。
「寄越せ!」
「あっ」
 あと一口、と言っても、ショットで二杯分くらいは残っている。
「あああああ…」
 快斗がガックリと肩を落とした。
 ラッパ飲みした新一は、最後の一滴まで綺麗に飲み干してから口を手の甲で拭った。
「ん、やっぱり美味いな」
「名探偵………しょんぼりー」
「も、もったいなー…大切に飲んどったんに」
「どーこが大切に飲んでんだよ。思いっきり飲み明かしてんじゃねーか!」
「仕方がない。西の探偵!こっちを空けよう」
「そやな、そーするか」
「あっ、父さん秘蔵のシングルモルト!」
 ちゃっちゃっと開けてグラスに注ぐと、快斗も平次も行き着く間もなく飲み干した。
「あーっ」
「んまーーーーいっ!」
「絶品やー♪」
 もう一杯♪と快斗が注ぐ横に、グラスが一個増える。
「…ん?」
「………家主に飲ませない気か」
「だから、飲も?って言ったじゃん」
「だから飲むって言ってるだろうが」
 …気のせいか、ちょーっと目が据わっている。
「人がやーな思いして帰ってきたってのに、おめーらは呑気を絵に描いたみたいな酒盛りやってっし…ちくしょ」
 むぅ、と不機嫌を前面に押し出したような顔をして、新一は手の内の液体をくいっと呷った。
「おお、名探偵、いい飲みっぷりっ!よっ、大将♪」
「誰が大将だっ!」
「なんや工藤、そのやーな思いって」
 がうがうと言い争う横から、平次がひょいと口を出した。
 もう一杯、と注がれたウィスキーを飲み干してから、新一は渋々と口を開く。
「だからさー。おめーだおめー!」
「オレ?」
 びしりと指さされたのは、他でもなく黒羽快斗その人で。
「盗みは阻止したやんかー。何が気に入らないんや?」
「阻止した、だぁ?」
 ギン、と音が立ちそうな程平次を睨み付けたのは、紛れもなく新一である。
「な、なんや」
「じゃ何か、オレたちが暗号解読を一部間違えて逆側で待っちまったのは阻止って言うのか?
 寸前で気付いたとは言え、気付いた時にはもう結構手遅れだったりして。
 盗む前に阻止することも出来ず、あいつにまんまと持ってかれたのも阻止の内なのか!?」
「そない噛み付かんでもええやん……そらぁ、その点は不手際やった。そらァオレも認めるけど」
「あのオヤジ、言うに事欠いて『やっぱり、ホームズの時代から、探偵は怪盗に勝てない物ですね?』だと? ホームズがルパンに勝てなかったのは、作者がコナン・ドイルじゃなくてモーリス・ルブランだったからだろーが!ドイルもホームズも、ルブランやルパンを視野になんか入れてなかったんだよ!」
 名探偵は視野に入れてるじゃん、とは、言いたくても言えなかった快斗の言葉。ちなみに、平次も同じ言葉を考えていた。
「挙げ句の果てには『やっぱり、怪盗キッドには永遠に空を飛んでいて欲しいものですね。監獄に入れられるような結末は見たくないですな?』だとーっ!
 そんだったら、俺に頼まなきゃいいじゃねーか!」
 言い捨てて新一は快斗から瓶を奪い、ウィスキーを手酌で注ぐと、ぐいっと再び飲み干した。
「…荒れとるなー」
「やけ酒にはもったいないよねー」
 うんうんと頷く快斗。
「ウルセェ。家の酒だ」
 一刀両断に言い捨てて、新一は言葉を重ねた。
「妻の方も負けだからアイコだ、までは良かったんだよ。でもグチグチ飯食いながら言いやがって、結局どっちの味方してんだよ!キッドの味方なのかっ!」
「…めーたんてー。もしかして、依頼人が自分のファンじゃなくって、オレのファンだから怒ってる…?」
「んなわけねーだろ!」
 そうなんやな、と平次はひっそり思う。
「阻止出来たんだから、いーじゃん?」
「……お前。逃げる前に、サンルーフの有るサロンのとこで、しっかりアレやってたろ」
「ぎっくり」
 胸を押さえて後ずさる快斗。
「見てたの、名探偵」
「しっかり見てた。お前がアレをやる前に、取り返してやろうと思ったのに!」
「アレ…ってなんや?」
 その時、平次は一足違いだった為、にらみ合っている新一とキッドの姿のみを見ることが出来たが、その前にキッドが何を行っていたのかまでは見ていなかったのだ。
 新一は不思議そうな顔をしている平次を見やると、眉を潜めた。
「なんだ、オメーは知らなかったのか。キッドはな、盗んだ宝石を必ず一度月にかざす癖があるんだよ」
 こうしてな、と新一はグラスを宝石の代わりにして見せた。
「またけったいなことやっとるなー…。なんや、なんかあるんか?月にかざすと」
 快斗は穏やかな笑みを浮かべていた。
「…キレーなんだよねー、月に翳すと」
「なんやそれ」
 怪訝な、それで居て呆れた顔を向ける平次と同じく、だが少し疑わしげな顔を新一も快斗へと向ける。
「その石の歴史が見えるようじゃない?」
「…やったことねーしな……」
「今は、あんまり夜に宝石見る事ってないからねぇ」
 グラスを傾けながら、しみじみと快斗。
「昔はパーティとか、全部『夜会』って言われるくらい、夜だったでしょ?お昼はお茶会があるくらいで。電気があるわけじゃないし、全部が蝋燭の薄い灯りの下で、宝石はそれでもきらきら輝いていた。古くはローズカットのダイヤモンドが好まれたり、トパーズやアクアマリンが愛されたり、ペリドットが『イブニングエメラルド』なんて呼ばれたのも、ぜーんぶ夜に映えるから。日中に見た方が良い石とか、アレキサンドライトみたいに自然光と人工光で違う石とか、そう言う石は今でも綺麗だけど、ペリドットとかは夜が本領発揮だからね。
 昨日のは綺麗なブルートパーズだったでしょ。夜の闇に映えるんだよ」
「…良くまあ知識が出てくるもんやなァ」
「専門だもん」
 えへ、と笑って再びグラスを傾ける。
「夜の闇に映える石、か。次はその辺狙えよ、お前」
「……探偵が推進してどーすんの」
「推奨しなくたって、仕事はするんだろ?同じだろうが」
「…じゃ、機会があったら、持って帰ってくるから、その時見れば良いよ」
「そん時は呼んでェや?」
「呼ぶ呼ぶ♪西の探偵もおいでね」
 けらりと笑った快斗は、ふと新一が傾いている事に気付いた。
 眠いらしい。
「名探偵?寝る?部屋にいるんだから、ベッドに入りなよ」
「………いい」
「良くないって」
 ねーめーたんてー、と肩を揺さぶるも虚しく、新一はごろりと横になると、ふわぁと欠伸をかました。
「まだ寝る気、ないし……」
 眠そうな声や、と笑う平次。
 新一はグラスに残っていたウィスキーを横になったまま呷ると、とろとろと目を閉じ始めた。
「あーもー、名探偵ってば」
「快斗」
 眠りにつく前のような、少し低い、且つ甘めな寝惚けた声で短く快斗を呼ぶと、今にも閉じそうな目で新一は彼を見上げた。
「ん?ベッド行く?」
「……お前、いつに、なったら…」
「え?」

 言葉の続きは、眠りの縁に消えた。






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