Detective Conan

酒盛り  : Be Friends




前編








 平次は家に帰る…もとい、工藤邸に戻ると、ふへぇと溜息を吐いた。
 本日は、東京にいつもの如く遊びに来たわけではない。正式な依頼の元で、「探偵」として東京に出向いてきたのだ。
 依頼主は、とある名士の妻だった。工藤新一のファンである東京出身の夫と、服部平次のファンである大阪出身の妻の間で、「どちらが高校生探偵ナンバーワンか」などと下らない論争が持ち上がり、妻の話によると「丁度良く」キッドの予告状が舞い込み、この夫婦はそれぞれ東の高校生探偵…工藤新一と、西の高校生探偵…服部平次にそれぞれ依頼を送りつけた。東京に行くことになった、と新一に伝えたとき、内容を聞いてお互い唖然としたものだ。
 何はともあれ、別に探偵対決と言うわけでもなく、親友同士の彼らはそこそこ張り合いながら、そこそこ協力体制を敷いた。無論、キッドの予告となれば警察も出張る。…が、その家の若い執事(イギリス留学の経験有り)が主張した「ロンドン帰りの名探偵」は、残念ながらまたもやロンドンに舞い戻っているため、今回欠席である。
 そんなわけで、依頼人持ちで旅費を心配しなくて良かった平次は嬉々として東京に来、今夜依頼通り仕事をした、と言うわけだ。
「…堪えるわー…」
 寸前まで暗号が解けず、もう一人の半同居人(それぞれ帰る家があるから)を追い出してまで悩み抜き、当日になって解けたは良いモノの、なんだか体よく翻弄されてしまった。
 取り敢えず、盗みを阻止しただけでも御の字ではあるのだが……平次としては、納得出来ない。
 一緒だった新一は未だ依頼人の元に残っている。なんだかまだ気になる事があるらしい。
 平次はと言えば、一緒に残ろうとして強引に奥さんに誘われ、食いたくもないフランス料理を食ってきたばかりだ。料理より話が優先されがちなビジネスディナー(平次談)など、まるで食った気がしない。
「……黒羽ー?」
 ともあれ、逃げていくキッドを見送ってから3時間。本日は珍しく「直帰する予定」と本人が言っていた事もあって、そろそろ快斗が帰っていてもおかしくはない筈だ。
 真っ先に彼が使用している部屋を覗き、その後で書斎を覗き、玄関近くに戻ってきて最後にようやく台所を覗いた。
「…やっぱり居らんのか?」
「……あー、西の探偵?お帰りー。名探偵は一緒?」
 ひょこり、と台所のカウンターから快斗が頭を覗かせる。…額すら見えなくて、真っ黒の綿帽子が向こう側でひょこひょこと動いているような感じだ。
(…マックロクロスケって、こないなヤツやったよーな)
 ぼんやりと思う。
「工藤とは向こうでちぃと別行動や。メシ、あらへん?」
「あれ、食ってないの?」
 快斗は未だマックロクロスケだ。
「食うたけど…どーも食うた気せぇへんわ。あかんねん、依頼人と一緒に食うメシは」
「いいじゃん、西の探偵の依頼人って、美人なんでしょ?」
「そらまぁエエ女やったけど、所詮人の物やし――― なにしてんねん」
 一向に立ち上がらない快斗を訝しんで立ち上がった平次は、覗き込んで眉をひそめた。
「……なにしてんねん」
「…うん、ちょっとキッチンドランカーを洒落込もうかと」
 快斗は料理用の日本酒(特級・吟醸・有名ブランド)をコップ酒にして飲んでいた。
 それも、台所の床にぺたーんと座り込んで。
「……別に台所で飲まんでも」
「キッチンドランカーなんだから、台所で飲まなきゃ意味無いじゃん。
 それにさー、なーんか、疲れてるのに眠れなくて」
「寝酒?ああ、あの工藤が言うてたアレか」
 新一としていたのは、新一自身ががどう思おうと、純粋な酒盛りであった。ただ単純に、誰かとわやわやするのが好きなのである。尤も、名目上はやはり寝酒であったが。
「えー?…あー、そうかも」
「どっちやねん」
 ツッコんでしまうのは大阪人の性なんだろうか、やはり…と、快斗は思う(大阪人に偏見持っとんちゃう?とは後にそう言われたときの平次の台詞だ)。
「どーでもえーけど、そこで飲むのんやめへんか?なんや侘びしいわ」
「…そーだなー」
 ごそごそ、と快斗はなにやら取り出して、平次に手渡した。
「……なんや?」
「…いや、見た通りだけど」
「…やのーて、なんでこない仰山用意せなあかんねん」
「ほら、西の探偵ってばいっつも来れるわけじゃないじゃん?一度じっくり酒盛りやりたくって」
「未成年」
「それを言うのは、オレが酒瓶手にしているのを見た時点でしょーが」
 逆に突っ込まれて、敢え無く撃沈。
「どこで?」
「面白いから、名探偵の部屋で♪」
 一番広いから、と言う理由ならともかく。
 おもろいってなんや、と平次は思う。
「まままま、運んで運んで。今他の物用意して、オレも上に上がるから」
 きゅきゅっと腕まくりをすると、快斗は楽しそうに平次を送り出した。






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