居間に案内した後、お茶を入れるのは快斗の役目だった。
「名探偵の演技なんかに騙されるとは、ロンドン帰りの名探偵クンもまだまだだな〜」
「な、何を……大体、何故あそこまでそっくりなんです!あの頭を見れば、誰だってそう思うに違いないでしょう!」
「探偵のお前が騙されてどーすんだよ、白馬」
入れた紅茶と、快斗の買ってきたケーキを探の前に置くと、笑ったまま快斗はソファに腰を下ろした。
「どー見たって、オレじゃねーだろ」
「そうだ、似ているなんて、ちょっと心外だ」
憮然と言ってのけたのは、着替えて下りてきた新一である。なにせ、出迎えた姿は寝間着にシャツを羽織っただけのだらけた格好である。探を誘って家に入った後、新一はさっさと着替えに上がっていた。
外面に気を使う男なのだ。
「…めーたんてー。それってどーゆー意味?」
「どういうもこういうも、他に意味なんてあるのか?」
「……うわぁ、名探偵、おっもいあがりー。オレの方がどう見ても格好いいって」
「洗面所の鏡、こないだお前が磨いてピカピカだった筈だけど」
「名探偵が顔を見直せるように、きちんと磨いて置いてあげたのっ!」
いつもの軽口の応酬を前にして、探は困ったように顔をしかめた。
「……美醜の話は横に置いて戴けると助かるんですが」
「「オメーが原因だろーが!」」
同時に言い換えされては言葉を失う。
が、二人とも本題を思い出したのか、新一もソファに腰を下ろした。
「んで、白馬…だったな。一体何しに来たんだ?」
「…いえ、それは………」
思い切り言いよどむのを見て、快斗がザッハトルテを口に頬張ったまま、もぐもぐと告げた。
「問題ない。名探偵は知ってるから」
むぐむぐむぐ。
「…気付かれているって言うんですか!? なら何故ここに入り浸っているんです!!」
「ん、違う違う」
ごくり、と紅茶で押し流す。
「そうじゃなくって、オレがバラしたから知ってんの、この名探偵」
「ああ、直接本人の口から聞いたから」
極あっさりと二人して口を開く。
それを聞いた探はと言えば、口をパクパクさせるばかりだ。
「バラ…バラし……
く、く、くっ…………」
「もうちょっと普通に笑えよ」
分かっていても突っ込む快斗。
「黒羽くんっ!!」
「はいはい?」
「はいは一回で結構っ!」
「はーい」
「伸ばさない!」
「はいはいっと」
「だから一回で」
「その辺で先に進めろよ。十年前の漫才じゃあるまいし」
無遠慮に突っ込む新一。
「……あ、す、すみません」
動揺しまくってどもる探。
「…そう、黒羽くん!
君は一体何を考えているんです!仮にも彼は探偵なんですよ?それなのに、自ら自分が犯罪者だと名乗り挙げるとは、一体どういう了見なんですかっ!」
(仮にもって何だ)
思いはしたが、新一は取り敢えず突っ込まないでみた。
突っ込むと、どうも探はまともに答えてしまいそうだし、それじゃあ話がいつまで経っても進まないのだ。
「どういう了見って言われたってなー…」
「分かってるんですか?君と工藤君は、敵同士なんですよ!?」
言われて、二人は顔を合わせた。
「敵同士」
「ねー」
ブフッと笑ってしまう。
「笑い事じゃないでしょう!」
「…あのなぁ、白馬。それを言うなら、お前だって探偵だろーが」
「……それが何か?」
どうにも、普段の「ロンドン帰りの名探偵」は間が抜けているらしい。
もしかしたら、混乱の極地にあるのだろうか。
「探偵と仲良くしちゃいけないなら、オレがキッドだって知ってるお前を放っておくオレはどっかおかしいみたいじゃないか。それとも何か、お前とは絶交だ!くらい言った方が良いってのか?」
「………あ、いえそれは」
(嫌なんだな)
なんだか、オーソドックスでコメディタッチのミニ恋愛ドラマでも見ているような気がして、新一はこめかみを押さえた。
非常に可笑しい事はこの上無いのだけれど、何か間違っているような。
「面白ければいっかなーって」
「〜〜〜〜〜〜っ」
……どうも、反論が思いつかないらしい。
(いくらでもあるだろうが…怪盗としては良くないんじゃないかとか、危機管理がなってないとか。
…巫山戯すぎ、とか)
…自分の事をすっかり棚上げるのは、新一の得意技である。
新一は彼らを見ながら、紅茶に口を付けた。
今日もディクサムのリーフは好みの味だ。
「はーくば。白馬っチャン。いいじゃん、怪盗キッドが探偵と懇意にしているって世間にバレちゃ、そりゃあ世間体がとっても悪かったりするだろうけど、今オレが仲良くしてるのは、同い年で顔がクリソツな工藤新一サンよ? 高校生が高校生と仲良くなって、何が悪いの」
全くの正論を言われて、探はグゥと黙った。
…が、その会話の横で、新一は僅かに目を細める。
「それは……」
「デショ? だからさ、白馬。お前も友達に加わっちまえよ。同じレベルで話の出来る探偵クンなんか、そうそう存在してねーと思うぜ?同い年だから見下される心配も嫉妬される心配もさほど無し。事件のことを相談しようと思えば出来るし、そんな同い年の探偵が三人も集まる機会なんてそうそう無いぜ?」
「……そう、ですけど」
「な?」
ニッと快斗は笑った。その顔に、探は半分渋々と…だがほのかに嬉しそうな顔をして、こくりと頷いて見せた。
「ですが、怪盗キッドの犯罪を許しているわけではないんですから!君が盗みを続ける限り、僕も後を追わせて戴きますよ?」
「あー、それは良い良い。名探偵も西の探偵も、現場ではきっちり敵同士だから。手心ないしー。昨日も辛かった辛かった」
頷きながら快斗が言う。その横で、新一の目がまた細くなる。
快斗のはとっくにそうだが、いつの間にか探のティーカップもケーキ皿もカラになっていた。
そんな皿を置き去りにして、探はジャケットを手に立ち上がる。
「…分かりました。取り敢えず、今日は帰ります。ばあやも待たせたままですし、帰国してからまだ父にも挨拶をしていませんから」
「そうか、帰国したばっかりだったっけ」
「ええ。それでは失礼します。工藤君、昼間から邪魔をして申し訳ない」
「いいえ、お構いもしませんで」
全く中身のなさそうな台詞で、しれっと新一は一礼して見せた。
「今度、改めてお邪魔します。では」
もう一度一礼すると、探は身を翻し、玄関から外へと出ていった。
「やれやれ」
すっかり居なくなってから、快斗はのんびりと伸びをした。
「名探偵、ケーキ食ってないじゃん。名探偵が甘いものヤダヤダって言うから、わざわざ美味しいキドニーパイやらミートパイやら買ってきたってのにー。レモンパイもあるよ?それとも、普通に腹減ってる?何か作る?」
自分用のショートケーキを取り出しながら、快斗はニコニコとそう言った。
「…そうだな、腹は減ってるな」
「んじゃ、なんか作るか」
腕まくりをすると、快斗はいそいそと台所へ入っていった。十中八九、いち早く新一に飯を食わせて自分は次のケーキにありつこうと言う腹なのだろうと新一は思う。行動が単純だ。
「あ、服部ももうすぐ来る筈だから」
「ん?西の探偵、もう帰ってくるの?……マメだねぇ。どっちが家だかわかんないじゃん」
けらりと笑いながら、戸棚を開けてバタバタしている快斗を見ながら、新一は短く「そうだな」と答えた。
いつも気持ちがいい筈の空間が、少し悲しく思えていた。
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