Detective Conan

「西の探偵」こと服部平次  : Be Friends




前編













 キンコン。
 軽やかなベルは、来訪者を告げる音。
「よお、時間前じゃねーか?」
 彼を出迎えた友人は、苦笑いを浮かべて半身を逸らした。中へ誘導してくれてるらしい。
「…ちょい、緊張や」
 大阪からの来訪者は、言葉通り緊張した面もちで彼の家に入った。
 元に戻ってからの新一と会うのは、これが初めてではない。だから彼自身にはさほど感慨も湧かず、ああ元に戻ったのだと実感する程度で済むの、だが。
「肝心のヤツは、何処やねん」
 緊張の原因はそんなところではない。
「どこに居るだろうな、今日は早く来てたんだけど…」
 聞かれて困った顔をした新一は、平次を連れてリビングへと向かった。
 ゲームをするリビング。調理中の台所。丸まって眠るベッド辺りが一番いる確立も高いのだが、残念ながら全て外れてしまった。
 彼はその何処にも居ない。
「もう来るって、言ってあった筈なんだけどな」
 舌打ちをして頭を掻くと、新一はパタンパタンとドアを開け、部屋を確認していった。
 普通の家庭よりも部屋数は多く、彼が居るところもその日によって様々だ。まったく検討が付かない。
 平次もリビングにカバンを置くと、帽子を被ったままで捜索に参戦した。
 バタン…居ない。
 バタン…居ない。
 バタン…居な……あれ?
「く、工藤?」
「何?」
「あー…そっち、に、おるよな」
 洗面所の扉から顔を付きだした新一を見て、平次は目を彷徨わせた。
「ああ、居た? 快斗、ここか?」
 探していなかったのは、書斎だった。
 工藤家の書斎は、家主である工藤優作の手に寄って、とんでもない蔵書を秘めた巨大な図書館と貸している。と言っても部屋は一つだけ。棚で仕切られているわけでもない。
 だが巨大と言いたくなるのは、その高さだ。吹き抜けになった丸い部屋に、壁にぎっしり並んだ本、本、本。何語で記されているのか解らない本から、知る者が見れば喉から手が出るほど欲しがるような初版本まで、其処には様々な本が並んでいた。
 2階に相当する高さの部分には、細く立つところが存在する。新一も時折上ることもあるが、足場が悪すぎて下りることもしばしばだ。天辺近くの本をどうやって取ったら良いのか、時折途方に暮れることもある。
 そんな2階部分の細い欄干に、彼は軽く腰を下ろしていた。足をぶらぶらと遊ばせ、天井近くの窓から注ぐ光に晒されながら、一冊の本を開いていた。
 どこか、壁画にも似た光景。それを、平次はじっと見上げていた。
 彼が気付く様子は、まるでない。
「快斗!んなとこで何やってんだよ!」
「あれ、名探偵。…あそか、西の探偵、来た?」
「此処に居るから、下りて来いよ」
「はーい」
 神聖且つ清浄…にも思えたその光景は、にぱっと微笑う彼に寄ってあっさりと壊されてしまった。
 快斗は本をぱたんと音を響かせて閉じると、ひょいと勢いをつけて飛び降りる。
「なっ、ちょ…」
「すたんっ、10点っ!」
 ポーズを決めてニコリと微笑うと、新一の元に駆け寄った。
「お待たせ、名探偵♪」
「ったく、ハシゴ使えよハシゴを…」
「まどろっこしいじゃん。誰が見ているわけでもねーし」
「オレたちは数に入らないのか?」
「入んない」
 ひとしきり軽口の応酬をしてから、新一と快斗は同時に平次を振り返った。
 思わず、足が一歩下がる。
「西の探偵…大阪出身の高校生探偵、服部平次だよね。初めまして。オレね、聞いてると思うけど、黒羽快斗だから」
 どーも宜しく〜♪とエラいハイテンションで握手された平次は、今まで見て想像してきたイメージがガラガラと崩れる音を、その耳でハッキリと聞いてしまった。
「あー……あー、あのなぁ工藤」
「そーだよ、これが日本警察を悩ませてた張本人の、怪盗キッドだよ」
 最後まで聞く前に、新一が答えてしまう。何を思ったのか理解出来ているらしい。
「ちょ、名探偵、名探偵。悩ませて『る』!まだ引退してないって」
「うるせぇ。さっさと引退しやがれ」
「あ、やだなぁそういうその場の勢いでの発言って。オレが引退したら、後悔するのは絶対に名探偵だよ?刺激のない日々を送りたくないでしょ?」
「オメーが此処に居て、毎日暗号でも出してくれれば退屈しなくていい」
「そんなにいっぱい考えてられません、面倒くさい。名探偵ってば、暗号好きねぇ…」
 再び始まった軽口の応酬に、平次はぽかんと口を開けた。
 先ほどから、この黒羽快斗と言う男、ころころと表情が変わる。玉虫の背だって、こんなに変わるまいと思うほどにコロコロと。
「…ホンマに怪盗キッドなん、コイツ?」
 怪訝そうに、そして疑わしいと言う表情を全面に押し出しての発言もまあ、仕方のないことと言えよう。
「うわ、ヤダなー、探偵って疑り深くって。どーしたら信用してくれる?この場で変わり身をしてみようか。それともマジックショーでも繰り広げてあげようか?
 それとも…」
 快斗のコロコロと変わった表情が、ニィと満面の笑みに変わった。
 無邪気なそれではない。何か、たくらみを含んだ表情だ。
「お前の声、模倣してこの場で出したら、すぐ信用してくれるんか?なぁ、西の高校生探偵?」
 そう言ってにっこりと微笑った。
 言った言葉は、先ほどまでの快斗の口調ではない。普段平次が使っているそれだ。
 そして、その声すらも。
 平次は瞬間的に、もう一歩下がった。目の前から、自分だって滅多に聞かない自分自身の声が聞こえてくる。自分自身が普段聞いてる声と多少異なるそれは、だがテレビと同じに平次自身のものである事が明白で。
 それは、瞬間的に感じた、一種の恐怖だった。奏でているのがテープなら問題ないが、それが人の声だと言うのか?
(…なんや、悪夢ってこないな感じかいな…)
 つぅ、と冷や汗が垂れる。
「こら、服部をからかうなよ」
「だって信用してくれないじゃん。いーけどねー。別にー。素のままでキッドと同じだったら、タダの変なヤツじゃんよ」
「自分で言うな。…ま、否定はしないけどな」
「…ちょっと否定して欲しかったかも…」
 ふっと微笑った新一にぐりぐりと頭を撫でられて、きゅっと快斗は首を竦めた。
 新一と同じ顔をしていると言う話は、先日既に平次も電話で耳にしていた。確かに似ている。が、雰囲気は全く違う。これは間違いなく赤の他人だ。
 そして、彼の空気はコロコロと変わる。
「ま、いいや。ね、名探偵。せっかく西の探偵が来たんだし、お茶でも入れようよ」
「そうだな。また茶請けがあるのか?」
「今日はアマンデンのモンブラン〜♪これ好きなんだよ、オレ。栗のソバっぽいヤツが美味しくて♪」
「蕎麦かよ…」
 新一は苦笑して快斗の頭をぽんと叩いた。
「早くリビングに来てね」
 空気を察して先に駆け出した快斗を見送ってから、新一は平次を振り返った。
「…慣れだな、これは」
「慣れるもんなんか?…全然ちゃうやん、アイツ」
「慣れるモンだ。目の前でケーキバイキングされるより、ちったぁマシなんだぜ、おめーの場合」
 そんなものなのか。
 平次は納得いかないまま、促されてリビングへと向かった。






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