雨降って・・・・・・







「もういいよっ、キールのバカー!!」

バッターンと大きな音を立てて扉が開かれ、メイが飛び出していく。
キールはといえば・・・いつもの喧嘩とはちょっと違ってなにやら考えこんでいる。

今日はメイがこちらの世界にきてから一年がたつ日である。帰らない、キールのそばにいると決めてからもそろそろ三ヶ月がたち、まあ普通ならとてもじゃないが正視できないほど二人の世界にはいっちゃっていてもおかしくはない。
それなのに今なぜこんな大喧嘩になっているかというと・・・・・

そもそものはじまりは単なる魔法実験のことであった。メイが持ち前の好奇心を発揮して新しい火系の魔法にチャレンジしたいと言い出したのである。ところがそれに対してキールが「まだ早い」と反対したのがはじまりだった。
しかし些細なことでも言い争いになるとどんどん発展してしまい、いつの間にか問題がすり替わるのはよくあることである。日頃のメイの無鉄砲な実験のことや、キールの無愛想な態度にまで飛び火して結局最初のセリフとなったわけである。

さて、キールも何か考えを振り切るようにして周りを見渡した。テーブルはたたかれた勢いで実験器具や本が床に落ち、またメイが投げたりしたもので周りはさんさんたる状況になっている。
しかし、キールはそれには目をくれず机の引き出しの中のさらに奥、隠し扉のようになっている部分から何かを取り出し、それを持って部屋から走り出していった。


ーさらさらと水の流れる音がする。水は泉からどんどんとわき出し、次々に流れとなって小さな小川を形成していた。
ちょっと怒ったような寂しいようなそんな表情をした少女が水をもてあそんでいる。袖口が濡れるのもまったく気にしない様子でパシャパシャと音をたてていた。

「・・・キールのバカ。こういうときは追いかけてくるもんでしょ。人の気持ちも知らないで」
確かに魔法の実験に興味があったのは事実。それを頭ごなしに反対されたのがくやしくて・・・・本当は少しでも魔法について勉強して、キールの研究の手伝いができたらと思ってる。きっとあの鈍感な人は気付いてくれてはいないだろうけど、少しでも近くにいたい。
そう思っているのに、肝心のキールは私が「帰らない」って宣言をして「そばにいて欲しい」なんていったくせにそれから以前とちっとも態度が変わらない。
一度だけ・・・研究のためにきた、この場所でキスを突然されただけ。
突然、奪われたあのキス以来キールはなんにも言ってくれないし、なんの行動も起こさない。

「・・・・何でなんにもいってくれないのよ。キールの・・・・」
「バカって言うのは、もうよしてくれないか?」
「っ!!」

突然キールが背後にあらわれてびっくりする。口調はいつもと変わらなかったが、走ってきたらしくちょっと息が乱れていた。

「ど、どうしてここが・・・・」
「あれから、よくここに来ていただろう。それにおまえが一人で行くようなところはここしか 思い当たらなかったからな。」

あれから、というのは以前キールにキスされた時のことだろう。確かにあれ以来メイはよく 一人でここに来ていた。もといた世界を思い出したり、落ち込んだりしたときには特に・・・。
でもキールに話したりしたことはなかったし、一緒に来たのも一度きりだったのに。

「・・・おまえの考えてることなんてすぐわかるさ。いつも見てるからな」
「じゃあ、どうして実験に反対するの?どうしてなんにも・・・・」
「実験は・・・・まだちゃんと確立していない魔法を使うのは魔法力の不安定なおまえが危険だからだ。おまえに怪我をさせたくなかった。それに、帰らないって言ってからも時々夜に思い出して泣いてただろう。いま、おまえになんかしたら・・・・たとえおまえがなんといっても絶対におまえを帰してなんかやれなくなる。今でも・・・本当はずっとそばにおいて、俺一人のものにしておきたいんだ」
「・・・・私、帰らないよ?そう言ったじゃない」

キールがつらそうな顔で語るのをびっくりしてメイは聞いていた。まさか自分の郷愁まで知られていたなんて・・・・。今までまったく知らなかったキールの一面を見てメイは驚きの表情を隠せなかった。さらに、キールは続ける。

「でも、寂しいんだろう?帰りたいって思うのは仕方がないことだ。もともと強制的に呼び込まれたんだし・・・・」
「・・・それでも私は、キールと一緒にいるほうを選んだんだよ。だから、思い出すかもしれないけどそのときはキールが寂しさを忘れさせてよ。」

キールがどんどん自分を責める方向にいきそうになって、メイはその言葉を遮り、そういってキールに抱きつく。キールは黙り込んで、そしてしばらく考え込んでいたが、やがて決心したようにポケットから出した鎖をそっとメイの首にかけた。

「・・・これって、指輪?」
「魔法を使うときに指輪とかはできないからな。」

キールはそういったあと、メイの背中に手をまわし抱きしめる。指輪をまじまじと見ていた メイは反射的に顔を上げた。その瞬間、キールの唇がメイの唇に重ねられた。
いつか突然、なんの前触れもなしに奪われたキスとは違う優しいキス。そしてだんだんとそのキスは深くなってゆく。ようやくキールが唇をはなしたときにはメイはキールのささえなしにはたっていられない状態になっていた。

「・・・・・・・大丈夫か?」
「・・・・うん」
「・・・・・・・・・・・」

照れてしまって目をあわせられない。しばらく両方とも黙っていたがやがてキールが口を開いた。

「・・・・帰って部屋を片付けなくてはいけないな。」
「!どーしてそうムードってものが長続きしないの〜。こういうときはもうちょっと現実から目をそらしててもいいんじゃない?」

メイは軽くキールをにらむ。もっともキスの余韻を引きずったままでまだかすかに赤くなった頬では迫力に欠けていた。

「・・・おまえが投げたりしたんだぞ。発火しなかったからよかったものの、あのままほうって置いたら危険だ」
「あ、あれはキールだって・・・・」

メイの反論を全部聞かずにキールはメイの頭を引き寄せて耳元でささやく。

「8月にはラボを開く、そうしたら一緒に住もう」
「!!」

メイは目を見開き、あわててキールの顔を見ようとした。しかしそのときにはすでにキールは 背を向けて足早に研究院のほうへと向かっていた。その表情はこちらからはわからない。
メイはちょっとだけ笑って、そしてキールに追いつくために走り出した。

「まってよ〜、キール」



終わり




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