いつからだったか。
おれは、暗闇の中にいた。
何も見えなかった。真の闇とはそう言うモノなのだろう。
ただ、見えないことを忘れてしまった。
忘れて。
ああ。
多分、くいなが居なくなってからだ。
剣術を習うこと。くいなに挑戦すること。
二刀流だったオレは、一刀流のくいなに勝てなかった。
勝てないまま、終わってしまった。
あの日。歯を食いしばって誓った約束は忘れていない。それなりの歳をとってから、世界最強と言われる男を捜すため、一人海に出た。
何度も出会った海賊船。一々撃退している間に現在地はわかんなくなっちまったけど、そいつらを斬っているうちに闇の中へ迷い込んぢまったんだろ。
だが。名が売れていくにつれ、オレは闇を忘れた。
闇にいることさえも。
ひょんなことから、海軍大佐の息子だとかの飼っていた狼を斬った。
今にも食い殺されそうな少女を前に、誰も手出しをしなかった。
普通、助けるだろうがよ!あんなチビが殺されそうになってりゃ!
そう思って狼を斬りると…何故か海兵に捕まった。
海軍大佐の息子だと言ってのけたときは、バカさ加減に正直めまいがしたが。
「一ヶ月、生きたままつったってりゃ、助けてやる」
「…一ヶ月か」
「ああ。勘弁してやるって、約束してやるよ」
偉そうに海兵を使ってオレを縛り上げると、空気が漏れるような笑いをあげてヤツは去った。
本当はこんなことどうだって良いが、くいなの為にも名を汚すワケにはいかねぇ。
約束があるんだ、別に一ヶ月くらいなんてことはない。
と、言いたいところだったが。
1週間を過ぎるとさすがにしんどくなってきやがった。もー腹もなりやしねぇ。
木に手を引っかけてぶらさがるようにしていると…正面の壁の向こうから、騒がしい声が聞こえて来る。
うるせぇ。
「ほら、あいつ」
………?
なんだ、この感じは。
向こうから、光が射してくるのを感じる。まぶしい。顔を伏せていても、わかる光。
真っ昼間だ。気のせいだろうと思ったが、興味本位で顔を上げた。
見れば、壁の上からむぎわら帽をかぶった男がひょっこりと頭を出していた。幼い。その左にもなにかが見えた気がしたが、次の瞬間には何も見えなかった。むぎわらが振り返って居るから、多分誰か居るのだろう。
「……あの縄…逃がせるよな…」
少し遠いので、切れ切れにしか聞こえない。
逃がせるだの逃がせないだの…向こうも興味本位なのだろう。
うるさいし邪魔だ。あっちに言ってろ。
左から頭を出した眼鏡の男は、怖々とこっちを見ている。
気まぐれが働き、オレは口を開いた。
そう、更に興味がわいてしまったのだ。
「おい、お前。ちょっとこっちに来てこの縄、ほどいてくれねェか」
後々考えてみれば、そこから何かが間違っていたような気もする。
これが運命なんていう馬鹿げたもんだと思うと、少々頭が痛い。
「別にまだ誘う気はねーよ」…と言っておきながら、小一時間もした後に来たときにはもう「縄をほどいてやるから仲間になってくれ」ときた。
刀が宝だと答えたあと、取りに行って来ると言ってのけた時には、正気を疑った。
しばらくすると、眼鏡が来て縄を解き始めた。
「ぼくはきっと正しい海兵になるんです。
ルフィさんが海賊王になるように!!」
海賊王だ?巫山戯てる。
だが、海兵達だった馬鹿じゃない。しばらく経てば集まってくる。
そうして、眼鏡が撃たれた。だが……。
「そんな約束、初めから守る気なんてなかったんです。
だからルフィさんはあなたにかわってあいつを殴ったんだ…!!!
真剣に生き延びようとしていたあなたを踏みにじったから!!」
眼鏡は銃で撃たれても、そう言ってオレに話しかけた。
ルフィを助けろ、と。
オレは言葉を返すことも出来ず、ただ呆然としていた。
守る気がなかったのか。
約束なのに。
だが、行動を起こす前に銃を構えた海兵に囲まれた。
奥から来た大佐の命令で、海兵達は銃を構える。
冗談じゃない。
おれは…こんなトコで死ぬわけにはいかねェんだ…。
オレにはやらなきゃいけねェことがあるんだ!!
瞬間、くいなとの想い出が頭を巡った。
約束をした。くいなと。
約束したんだ。
こんな所でくたばる訳には…!!
「射殺しろ!」
無情な声が響く。くたばる訳にはいかないのに。
が。
あの光だ。見た瞬間、そう思った。
あの光が、オレの目の前に滑り込んできた。
銃弾との間に。
「お前っ……!!!」
「ルフィさん!!」
眼鏡の声も響く。
が、銃弾はヤツの身体を突き抜けず…この先はなんて表現したらいいのかわかんねェ。
そう、全ての銃弾を、受け止め、はじき返しやがったんだ。
「効かーーーん!!」
と言う、言葉と共に。
「てめェ、一体何者なんだ!」
「おれは海賊王になる男だ」
んなこたきーてねーよ。
と返したかったが、そんな状況じゃなかった。
ヤツは刀を抱えたまま海軍に身体を向け、言った。
「ここでオレと一緒に海軍と戦えば政府にたてつく悪党だ。
このまま死ぬのとどっちが良い?」
焦った様子も、脅す口調もない。普通に話しかけている。
明らかにおかしい状況に、オレの頭はもうヒートしちまってたのかもしんねェ。
「てめェは悪魔の息子かよ…。
まァいい…ここでくたばるくらいならなってやろうじゃねェか…海賊に!!」
多分、この選択も間違っていただろう。
と言っても、この選択以外はなかったのだからしょうがない。
「おい、グズグズするな!」
こいつはとろとろと縄をほどきやがる。
そんなのんびりしている場合じゃねーよ!
「まァ待てよ、うるせーな」
「待ってられる状況じゃねーだろ!!」
ハッパをかけてもぴくりともしない。
のんびりと結び目をほどき、片方が解けたと自慢する。
んなことしてる場合じゃねーんだよ!
オレは受け取った刀で縄を斬ると、振り返らずに降りて来た十数ふりの刀を受け止めた。
間一髪…ってとこだ。
後ろにいる海兵たちに脅しをかけてから、オレはのんびりと立っているヤツに目を向けた。
「海賊にはなってやるよ…約束だ。
海軍と一戦やるからには、おれもはれて悪党ってわけだ…だが、いいか、おれには野望がある!」
「!」
「世界一の剣豪になることだ!!こうなったらもう名前の浄不浄も言ってられねェ!
悪党だろうが何だろうが、おれの名を世界中に轟かせてやる!!
さそったのはてめェだ!!野望を断念する様なことがあったら、その時は腹切っておれにわびろ!!」
半分、脅しをかける気だった。だが、ヤツは笑った。
「いいねえ世界一の剣豪!
海賊王の仲間なら、それくらいなって貰わないとおれが困る!」
まぶしかった。ヤツが。
目もくらむような光…と言うのは、これを言っているのだろう。そう思った。
「ケッ、言うね」
ため息をついてオレはそう言った。いや、そうとしか言えなかったと言う方が正しいだろう。なにしろ、オレの目はあの光に眩んでいたから。
そうして、オレはルフィの仲間になった。
こいつと行動していると、何度も思う。
あの選択は間違いだった、あの選択も間違いだった、と。
出会わなければ多分もっと堅実に世界一の剣豪への道を歩んでいただろうし、仲間にならなければ名の浄を守れただろう。
だから、あの選択は間違いだった。
「おーい、ゾロー!どこにいるんだ?」
ルフィの声だ。今度は何のようだと言う気だろう。
毎回、くだらないことで呼び出される気がする。ウソップもサンジも、ナミだってそこにいるってーのに、何故かオレを呼びに来る。
「あ、いたいた」
瞬間、まぶしい光がオレを襲った…気がした。
…いや、もう光はオレを襲ったりはしない。
ルフィと行動をともにして、オレは漸く闇に捕らわれていたことを思い出した。
そして、そこから抜ける方法も思い出した。
ルフィはどんとオレの横に座り、きししと笑っている。
「何の用だってんだよ」
「いや、顔見に来ただけ」
思わずため息が出る。
「すっげー天気いいよなー。あちーけど。
ここ気持ちいーな。ずりーよゾロ。オレにも教えてくれよ、こーゆー気持ちいいトコは」
「おめーは船首の方が好きだろうが」
「船首も好きだけど、ゾロの横も好きだぞ?」
まったく、こいつには適わない。
闇から抜けるには、光の中にいればいい。
そんな簡単なことにも、オレは気づけないでいた。
だから、あの選択は間違ってて良かったんだ。
間違った選択を手に入れて、オレは闇を捨てた。
「だーもー、のんびりしてねーで手伝えよー!」
掃除をしているウソップが大声を出したが、オレは聞こえないふりをして横になった。
「気持ちいーな」
「ああ」
目を閉じても、もう闇はない。
横に光があるから。
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