8月も、残すところ後一週間と言ったところだ。
もうすぐ学校かと思うと、多少憂欝だ。気分も滅入る。だから今日は、豪と勝負でもしようかと思っていたんだけど……。
「豪なら、もう出かけたわよ。なんか友達と約束があるとかで」
って、お母さんに言われてがっくり。
別に、約束をしていたわけじゃないから、豪がどこへ行こうと勝手なんだけどさ。
仕方なく僕は、街へ散歩に行くことにした。別に目的があるわけじゃないけど、滅入った気分を吹き飛ばすことくらいはできるかと思って。
「烈くーん」
ぼんやりと歩いていたら、いつの間にか土屋研究所の近くまで来ていたらしい。
声をかけてきたのは、Jくんだった。
「やあ、Jくん。おはよう」
「珍しいね、一人?」
J君は目を丸くしてそう言った。
……一人だとそんなに珍しいだろうか。それだけ豪と一緒にいるってことなんだろうけど。
「僕だってたまには一人になるときもあるよ」
「博士に何か用?」
「あ、ううん、散歩してただけ。
Jくんは何をしてたの?」
そう聞いてから、僕はJくんの手の中にプロトセイバーがあることに気づいた。セッティングでもしていたんだろうか。
もしやと思って聞いたら、Jくんはにっこりと頷いた。
「でも、研究所にはコースがあるじゃないか」
「いま修理中なんだ」
なるほど。それで外で走らせてたってわけか。
でも別に外じゃなくてもいいだろうに。
「今日は天気が良かったので、僕もたまには」
顔にでちゃってたかな。
でもJくんは気にするでもなく、ぼくににっこりと笑いかけた。
その笑顔を見て、僕はなんとなく安心した。
出会った頃のJくんは言葉数も少なく、笑うこともほとんどなかった。あまり子供らしくない子供だったように思う。
でも今は、こうして笑顔を見せてくれるようになった。本来のJくんに少しずつ近づいているんだろう。
「?…どうしたの?」
なんだか僕はニコニコしていたらしい。どうも僕は気持ちが顔に出やすいらしい。ちょっと反省。
でも僕は、その気持ちを正直に言うことにした。
するとJくんは、面食らった様な顔をして僕の事を見つめた。
「そ、そうかな。僕、そんなに笑ってなかった?」
「うん。いつもぶすーっとしてた気がする」
「あ、ひどいや烈くん」
僕とJくんはひとしきり笑った。
僕は花壇の縁に腰を下ろすと、Jくんを見上げた。
「このあいだのキャンプ、いろいろあったけど楽しかったね」
「うん。ああいうの初めてだったし、とっても楽しかった」
「そんなに楽しめてもらえたなら、誘って良かったよ、ホントに」
するとJくんは、僕の横に腰を下ろしてうつむいた。
「僕……あの後考えてたんだ。あんな事が、これからもまたあるかも知れない。そしたら、僕はここにいないほうがいいのかも知れないって……」
いきなり何を言い出すんだか。
「そんなわけないだろう。Jくんがここにいないほうがいいだなんて、誰も思っちゃいないよ。」
「でも、もしみんなに迷惑がかかったら……それを思うと、僕………」
Jくんって、結構後向きの考え方をするんだな。
それとも心配症なのだろうか。どっちにしても、余り良くない考え方だな。
ホント、なに馬鹿なこといってんだか。
しかも、ただ言ってるだけにしか聞こえない。
「ここを出ていくっていうなら、いったいどこに行くつもりなの?」
「え………? そ、それは……」
あ、やっぱり考えてない。
「大神博士のところにでも、戻るつもり?」
「そ、そんなことない!」
「ならここにいればいいじゃないか」
「で、でもみんなに迷惑が……」
まだいうか、こいつは。
仕方なく僕は言える限りの事を言った。
何とか、判ってくれればいいけど。
「みんな、迷惑だなんて思っちゃいないよ。たとえ大神が汚い手を使って、Jくんに何かさせようとしてもね。
君は人に迷惑がかかるってこと、心配しすぎてるんじゃない?」
「それは………」
「もっと前向きに考えようよ。大神博士は、僕らの共通の敵だろ?敵が来たなら、みんなで力を合わせて立ち向かえばいいんだ」
Jくんは僕の顔を見て、またうつむいた。
なんでうつむくかなぁ。
…カマかけてみるかな。って、別にカマかけるまでもないんだけど。
「こないだの、レイくんのこと気にしてるの?」
Jくんはぱっと顔をあげて僕を見た。
なんて分かりやすい反応。大当りだな。
「……うん」
「………レイくんって、意外といい人だったんだね」
僕がそういうと、Jくんはあからさまに驚いた表情を見せた。
「だって、Jくんの事を助けてくれたんだろう?」
「それは、そうだけど……」
驚いた顔を崩さずにJくんは肯定した。
「僕がこんなこと言うのが、そんなに意外?」
そう言ったら、Jくんは慌てて否定した。
「そ、そんなことないよっ」
さっきも思ったけど、なんて分かりやすい反応。もっとポーカーフェイスなやつかと思ってたけど、これじゃあ豪といい勝負だな。
「た、ただ……」
「ただ?」
「ただ、烈くんが敵をそんな目で見ていたなんて、って思って……」
要するに意外だったってことじゃないか。否定しなくてもいいのに。
「僕はただ、Jくんを助ける程度の事は出来るんだなって、感心しただけ。
そりゃあ、今回のZMCの設計図を盗んでこいって言ったりするのはいけないんだけど、Jくんがゲンくんを助けたら、貸し借りなしって事にしてくれただろ。きっと、大神博士になんだかんだ言われるだろうに、それでもそうしてくれるってことは、やっぱりいい奴なんだと思うよ。
こんな状況じゃなかったら、いい友達になれただろうにね」
そう言って僕はJくんに笑い掛けた。
Jくんはまだ複雑な顔をしてたけど、なんとなく判ってくれたようだった。
「まあ、豪ならまず判ってくれないだろうけどね」
そう言ったら、Jくんはやけに受けていた。
「ああそういえば、豪の奴、Jくんの握手の意味判ってなかったみたいだよ」
「え?」
「不思議そうな顔、してたからね」
Jくんは目を細めて、少しだけ微笑んだ。
「仲間だって言ってもらえたの、うれしかった。そんなこと言われたの、生まれて初めてだったし。だから握手を求めたんだけど、判ってくれなかったんだ」
「豪にとっては当り前の事なんだよ。もちろん、僕やみんなもそう思ってるけどさ」
そう、豪はいつでもまっすぐ。正面から当たることしか考えないし、敵だと思った奴以外はみんな友達だとか、仲間だとか思ってる。変な勘ぐりなんか、しやしない。っていうか、そんなこと考えてないんだろうけどね。でも、僕にはそんなところが
「うらやましい。そう思う」
「うらやましい?」
しまった、口に出しちゃった。またまた反省。
「烈くん、豪くんの事が羨ましいの?」
Jくんは不思議そうな顔をして聞いてきた。
「……そんなにおかしい?」
「う、ううん」
Jくんは首を振った。でも、疑問は隠せないらしい。
別にいいんだけどさ。
「羨ましいよ。あいつのまっすぐなとことか、何にも考えてないとことか、たまにすごく羨ましいと思う。
僕も、ああなれたらいいのにって」
羨ましいと言うよりは、ほとんど憧れに近いと思う。
なにがって言われると困る。我がままで、悪ガキで、まっすぐつっぱしる事しか脳のない奴だけど、自分が正しいと思うことを信じることが出来る。
そう、本当にまっすぐなんだ。
僕はと言えば、冷静にはなりきれないし、豪のように馬鹿みたいにまっすぐになることもできない。言わば宙ぶらりんってとこ。
僕だって豪と近いところにはいると思うけど、それはあくまで近いところであって、豪と同じ場所にいるってことじゃないんだ。
近くて、遠い。
「Jくんにはわかんないかもね、こんな気持ち」
Jくんは少し考えた後で口を開いた。
「でも僕は、烈くんはこのままでいいんじゃないかと思う」
「え?」
「烈くんは、烈くんのままがいいと思う。きっと、豪くんだって、そのままの烈くんだから好きなんじゃないかな。
僕も、そのままの烈くんのほうが好きだな」
Jくん……。
僕がJくんを見つめると、Jくんはふと我にかえったように焦った。
「な、なに言ってるんだ、僕……。ああ、そういう意味じゃなくって……」
そういうって、どういう意味なんだか。
でも、必要以上に焦っているJくんを見ていたら、なんだかやけに気分が晴やかになっている自分に気が付いた。
「ああ、ホントになに言ってるんだろう、僕」
僕はぷっとふきだしてJくんを見つめた。
「ありがとう、Jくん」
Jくんは動きを止めて、僕を見つめた。
そして、微笑んだ。いままで以上のいい微笑みで。
さて、これからどうしようかな。
Jくんのプロトセイバーを見た僕は、一つの案を思い付いた。
「Jくん、レースしよっか」
「え、でもコースが……」
「ここでいいよ。広い場所さえあれば、コースなんていらないさ」
「うん、そうだね!」
僕たちは並んでマシンの先を地面につけた。
「行くぞ!」
「はい!」
「レディー…」
「ゴー!!」
ソニックのエンジン音が、心地よく耳に伝わる。プロトセイバーと並んで走るソニックは、なんだか僕以上に楽しそうだった。
「烈兄貴ー! やっぱここだったのかー。あーっ、Jとレースやってる! オレも混ぜてくれよーっ!」
「おまえ、友達と約束してたんじゃなかったのかー?」
「もう用は終わったよー!
よーし、行け、マグナム!」
マグナムが後ろから追い上げて来る。
この楽しい時間が、もっと続けばいいのに。僕は、心底そう思った。
秋は、もう手前まで来ていた。
その秋を、僕は楽しい気持ちで迎えられそうな気がしていた。
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