「こっちこっち」
よ、と手を挙げて呼ぶのは紛れもなく黒羽快斗だ。
「悪い、遅くなった」
新一は慌てて快斗の前の席に腰を下ろした。
そうして、テーブルを見る。
「…………」
「あ、食う?」
「誰が食うか」
テーブルの上は、ケーキでいっぱいだ。良く見れば、店内も仕切られているとは言え、ケーキを食べる女性で溢れているようである。
「…なんで、待ち合わせが此処なんだよ、キッド」
「美味いもの食わせろ、と言ったのはお前の方だぜ、ボウズ?」
同い年にボウズもキッドも無いものだ……と思うのは、浅はかである。
彼らは、今日が初対面なのだ。
「おねーさん、コーヒー1つ新規で追加!あと、お代わりね♪」
通りすがった女性にそう叫ぶと、女性は「はぁい」と軽やかな声で返した。
何分も待たない内に、新しいコーヒーが2つ、やってくる。
「そんじゃ、乾杯♪」
「…コーヒーでかよ…」
「互いに未成年!ここは喫茶店。そゆわけで、ほらほら名探偵、かんぱーい♪」
カチン、とカップが鳴った。
コーヒーを一口飲むと、快斗はケーキを口に運び始める。スピードは目を見張るほどだ。
「戻ってから、忙しいみてーだな、名探偵。あの頃のお前を思うと、なんだか嘘みてーだぜ?」
ケケケ、と笑ってコーヒーをすする。
「うるせぇ。それを言うなら、お前だって夜と昼じゃ全く別だぜ、その顔」
「…素顔なのに、どっちも」
「雰囲気が違う」
フン、とばかりに鼻を鳴らして、新一はコーヒーを啜った。
むすっとしながらだったが、そのコーヒーが絶品であると言うことは良く分かっていた。
…悔しくて、顔にはなんだか出せないのだが。
「美味いのか、それ」
「美味い♪此処のチョコケーキはお気に入りなんだよ」
並んでいるチョコ関係のケーキを残らず食べ終わり、一息吐く。
さーてもう二、三個…と立ち上がり掛けた快斗を引き留めて、新一は溜息を吐いた。
「なんだよ。食べ放題なんだぞ」
「良いから座ってろ…もう見たくない」
見ている方が甘くなってしまう。
改めて座らせた快斗を、新一は上から下までじっくりと観察した。
快斗は覚悟していたのか、そんな視線を気にも留めていない。逆に目が合うと、にこっと笑って見せる始末だ。
本日の二人は、制服姿である。きっちりと上までボタンを掛けてネクタイを締めている新一とは違い、快斗はガクランのボタンを2つ目まで開け、だらしなく着こなしていた。
「本当に学生だったんだな」
「…信じてなかったのね、コナンちゃん」
「コナンじゃないだろ、もう!」
周りを気にしつつ、慌てて言い返す。新一は、自分がコナンで在ったことを、人に言う気はなかった。信じないだろうと思ったし、逆に信じる人がいるのも困るからである。
若返りは、永遠のテーマだ。
「取り敢えず、何か食えよ。腹減ってんだろ。おにーさんが、頑張った新ちゃんの為に奢ってあげる〜」
すっかりからかいモードである。
むっすりと顔をしかめてメニューを開いた新一は、素早く目を通すと店員を呼んだ。
「ここからここまで、全部」
「「は?」」
店員と被ったのは快斗の声だ。
「あのね、名探偵。此処って結構ボリュームあるよ?」
「心配するな、太らない体質なんだ」
「や、そう言う問題じゃなくって…」
「奢りなんだろ?」
根に持たれたようだ。
店員は戸惑いながらも、一つ一つ確認しながら打ち、戻っていった。
「…は、腹壊さない?」
「割と丈夫」
「手伝って上げられないよ、お腹いっぱいだし…」
「一人で食える」
何事も無かったかのように宣言をした探偵は、本当に来たものを片っ端から平らげて、何食わぬ顔で空き皿を作り、食後のコーヒーを啜った。
「……化け物」
ぽつりと快斗が呟くと、サスガに照れたらしく、頬を赤くして新一が反論した。
「しばらくは食欲が全くないだろうけど、人の倍以上食わないとエネルギー不足で戻る可能性があるんだって、灰原に言われてんだよ、俺!」
「…ああ、哀ちゃんにねー。そーなの。それでそんな化け物に……ここ、しきりが在って良かったねー。店員にはバレちゃっただろうけど」
「何が」
「日本警察の救世主、東の高校生探偵である工藤新一が、実は人に言えないほどの大食らいだったってこと。きっと尾鰭背鰭がついて、とんでもない化け物だって噂になっちゃうだろうねぇ」
「おめーなぁ、キッド…」
「今は快斗ー」
子供かお前は!と突っ込もうとして、止めた。
彼は間違いなく、子供なのだ。彼自身、そうなのだと断言したこともある。
それが何処まで真実なのかはいざ知らず、聞いても彼ならあっけなく「そうだよ?」と返すことまで分かっているのに、それ以上口を開く気にはなれない。
「さて、腹ごしらえは終わったし、じゃあ行こっか!」
「…どこに?」
ガタンと立ち上がった快斗は、にっこり笑って新一を指さした。
「もっちろん、工藤邸に♪」
「なんで」
「人目に付かず、金の心配しなくて良くって、くつろげる良いトコ☆ 聞かれたらマズイ話もいっぱい在るでしょ?」
うっ、と言葉に詰まったのは探偵側。
「で、でもそれならお前の家だって…」
「欲しがってた薬を取ってきて、組織の情報手に入れて、あまつさえ哀ちゃんが頑張ってた研究を手伝って上げた優しい人、ダーレだ!」
「…………」
言いたくないので、取り敢えず指さしてみる。
「でっしょ! んじゃ行こうかー」
どうやら反論しても無駄のようだ。
あまりに明るく子供じみた「怪盗キッド」の素顔に、痛む頭を押さえながら新一は深々と溜息を吐いた。
(こんなのに、勝てなかったのか、俺…)
後にこの再会を思い出した彼は、「あの時の俺は、まだ何も知らなかったんだ」と、呟いたそうだ。
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