Detective Conan

「名探偵の幼なじみ」こと毛利蘭  : Be Friends


















 ガサリ、と落ちかけた荷物を持ち直して、蘭は目の前のチャイムを押した。
 握り拳で(彼女の手は、荷物でいっぱいだ)。
「はーい」
 がちゃりとドアが開いた途端、蘭は眉をしかめて大声で怒り始めた。
「やだ、新一、何その頭!ぐっちゃぐちゃじゃない!どーせ、本読んで居眠りでもしてたんでしょ!」
「は…いや、あの」
「あの、じゃないの!もー、どうして櫛を通すくらいのことしないのよ、幾ら日曜日だからって!きっとその調子じゃ、ご飯も食べてないんじゃないの?そう思って、買ってきたから」
「いや、だから」
「いいから、そこどいてよ。台所、借りるね」
 言いたいことだけずばっと言うと、蘭はさっさと工藤邸にあがりこんだ。
 呆然と残されるのは、当然来客を出迎えた彼だけと言うことで。
「………あ、そうだ、まだ会ったことなかったんだ、オレと…」
 ぽつり、と言葉が流れた。



 一方、台所にたどり着いた蘭はと言えば、普段から考えると意外なまでに綺麗な台所に、少々驚いているところだった。
「…珍しい……こんなに綺麗になってるの、初めて見た」
 酷い言われようである。
 だが、ここまで言われるのもまあ当たり前と言えば当たり前の事だった。
 今まで、綺麗に使われている工藤家の台所など、新一しか居ない工藤邸では見たことがなかったのである。
「なんだよ快斗、うるっせぇな…来客か?」
 そこへ、のっそりと現れたのは、この家の主…工藤新一だ。
「ああ、新一。ちゃんと頭、梳かしてきたのね」
「は?何が?」
「何が、じゃないわよ。あんなぼっさぼさの頭で玄関先まで出てきたりして。恥ずかしいじゃない、名探偵の名前が泣いちゃうわよ?」
 びし、と指さしてから、蘭は楽しげに荷物を冷蔵庫へと仕舞い始めた。
 それを見ながら…首を傾げるのは名探偵。
「玄関先って…オレ、今日は玄関に出てないぞ」
「え、だってさっき…」
 ここで、ようやく新一にも状況が理解出来た。
「わかった、そう言うことか。おーい、快斗ーっ」
「はいはい♪」
 ひょい、と顔を出したのは、無論、黒羽快斗である。
「あれ、新一……え?」
 蘭は二人の顔を順番に指さして、目を丸くした。
 同じ顔が二つ、並んで立っている。
「勘違いされちまった…みたい」
「なんでその場で説明しないんだ」
「してるヒマなかったんだもん」
 同じ顔が、片方は気楽な、片方は厭そうな顔をして会話をしている。
 蘭はきょとんと二つの顔をまた見比べた。
「ねぇ」
「「ん?」」
 同時に返事が戻ってくる。
「どっちがホンモノ?」
 がくり、と新一が肩を落とし、快斗はそれを指さしてケラケラと笑った。
「ナニ、オレがホンモノに見える?」
「え、じゃあこっちが新一? …あなた、誰?」
 指さされて、快斗はニッと笑った。
「オレね、黒羽快斗。工藤新一の友人。ね、そんなに似てる?」
「……双子かと思うくらい。新一、本当に他人なの?」
「他人以外のなんだってんだっ」
「…生き別れの兄弟」
 再び、新一はがっくりと肩を落とした。
「一ヶ月違いの双子や兄弟なんてヤダなー。ね、じゃあオレ、名探偵のことオニーチャンって呼ばなきゃだめ?」
「呼ぶな」
 きっぱり言うと、新一はリビングへと向かった。
「メシ、作りに来たんだろ?」
「あ、そうだった」
 新一の捨て台詞に、蘭は思い出したように台所に向き直った。
 快斗はと言えば、蘭と新一を見比べ、結局新一と共にリビングへと向かった。



 蘭の作った食事は、家庭料理の定番であったが、美味かった。
 快斗もご相伴に預かり(運の良いことに、魚料理はなかった)、充分に舌鼓を打った後、蘭は満足そうに帰っていった。
 新一が蘭を見送るのを後ろから見送って、ドアを閉め、門の向こうに消えたのを見て、ようやく「はぁ」と胸をなで下ろす。
「あー……疲れた」
「…何をそんなに疲れることがあるんだよ、一体」
 リビングに戻ってごろりと大の字になった快斗を見て、新一は呆れた口調でそう言った。
「だってさ、名探偵の幼なじみなんだよ?名探偵の影響受けまくって、鋭く育ってないって誰が言えるの」
「別に蘭は普通のヤツで…」
「あっまーい」
 反論に転じた新一に対し、快斗はあっさりとそれを否認してみせた。
「名探偵がちっちゃくなってた時、彼女ってば何度だってボウズが名探偵だって事実に気付いたんでしょ?女の勘を甘く見ると怖いからね。オレは、あんまり楽観視しないことにしてんだ」
「…真面目だな」
 痛いところを突かれ、新一は何事もないように振る舞いつつ、ソファに身を沈めた。
 俯せにひっくり返った快斗は、クスと小さく笑って、気配を変えた。
「楽観視ばかりじゃ、怪盗はつとまらないんだぜ、名探偵」
 ぞぉ、と悪寒が駆け抜けた。
 気配は、怪盗のそれ。コナンだった頃、新一が幾度も感じ、そして戻ってからも何度も感じたあの怪盗の気配が、目の前にある。
 目の当たりにして、探偵である自分の目覚めを、どうしても止められなかった。
「…別に、楽観視ばかり…してるわけじゃねーよ、オレも」
 絞り出した答えに、怪盗はニィと笑った。
「ま、謎を隠せるだけの度量をつけなきゃな、名探偵」
 にこりと笑っている顔は快斗のものなのに、何故か怪盗の気配が消えない。
 …消えていないのは、新一の中だけなんだろうか。そんな事を考えて、新一は自分を抱きしめた。
 その気配が、不意に消える。
「そーいえばさー」
「………なんだよ」
 状況の急激な変化に対応できず、新一は多少戸惑ってから答えた。
「彼女、知らないんだね、名探偵が大食らいだってこと」
「…………」
 厭な言い方である。
 今さっき怯えていた筈の自分をすっかり忘れ、新一はむぅと快斗を睨んだ。
「言えるか、んなこと。コナンだった事だって、言ってないのに」
「言わないの?」
「残党がいると怖いからな」
 そりゃそうだ、と快斗が頷く。
「んじゃ、足りないっしょ。なんか作ろうか」
「そうだな、なんか作ってもらうか…って、お前、なんで居座ってんだよ」
「いーじゃん、おさんどんしてるし〜」
 あれから、延々と工藤邸に入り浸っている快斗は、すっかり台所の主になっていた。
 学校が終わると現れ、日付が変わる前に帰るのである。
 蘭と会わなかったのが奇跡なくらいだ。
「そういう問題か?」
「そーゆー問題」
 あっさり言って台所に向かう快斗を見ながら、新一は深々と溜息を吐いた。
 ついつい、許している自分自身に。








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