Detective Conan

工藤新一の長い長〜い夜


















 疲れて帰ってみれば、家の明かりがついていた。
 思わず、バタンと大きな音を立ててドアを開けてみる。
 ご近所に迷惑かなーとか、今の音は響いたよなとか、そんなことはどうでもいい。
 駆けこむように居間に入ってみれば、大音量でテレビが騒ぎ立てていた。
 その前には、男が一人……いや、怪盗が一人、か。
 そう、さっきまで会っていた、アイツだっ!!
「てめぇ…人の家で何してんだ?」
「…かうちぽてと」
 古い。鳥肌が立つくらいに。
 しかも、ポテトじゃないんだ、ポテトじゃ!!
「…飲むか、名探偵?」
 そう言ってにこやかに笑った男の名前は…怪盗キッドと言う。
 月下の奇術師。平成のルパン。最近では世紀末の魔術師と言う異名さえあった、有名な怪盗紳士だ。彼に憧れる人は多く、上はご老人から、下はお子様にまで幅広く愛されている不思議な犯罪者でもある。
 その、不思議な怪盗紳士さんが、だ。
 なんだって人の家でチーズに熱燗と言う奇妙な組み合わせでごろごろと寝そべっているんだ!!しかも、ついてるテレビは何故かアニメ!!ピカチュウが代名詞の某アニメなんかを見ていたりするんだよ!!
「飲むか、じゃねーよ!」
 と言いつつ、なんだかやりきれない俺はヤツが持ってたお猪口を奪って一気に煽った。
 ぬるい。
「熱燗は熱くなきゃ意味ねーだろ!!」
「いやー、レンジで温めた直後は確かに熱燗だったんだけど、テレビに熱中してる間にぬるくなっちまってさー。もっかい温め直そうかな…」
 どーゆー精神してんだ、こいつは。
 キッドはひょいとチーズを口に放りこんだ。
「大体、チーズならワインじゃねーのか!?」
「あー、今日は熱燗って気分だったんだけどさー、つまみはチーズって雰囲気だったんだよなー」
「テレビ見るなよ!!」
 リモコンを奪ってバシッと消してやると、怪盗はむっとしてリモコンを奪い直した。
「いーじゃねーか。この回、予告しちまったのに家で撮り忘れて見てねーんだよ。
 やっぱり予備の予約ビデオは作っとくべきだよな♪」
 …俺の家で予約したんか、このクソ怪盗…。
「こないだからどーも動かないと思ってたら、おめーが予約してたのか!!」
「…タイマーいれてることくらい、気付けよ、探偵」
 ぐっ…。
 何度か電源入れたけどつかないし、面倒くさいから諦めただけだ。
 と言いたいが、どうせバカにされるから言わなかった。
「なー新ちゃん、メシ作ったけど食べる?俺、下見行ってきたときに奢ってもらっちゃったから新ちゃんの為だけに作ったんだよー♪」
「誰が新ちゃんだ、誰がーーーーーーっ!!」
 ああっ、こいつといると喉が涸れるっ!!
「オレなわけねーだろ、お前だよ」
 俺がおちょこを部屋の端に投げ飛ばしてしまったからなのかどうか…怪盗紳士はお銚子のままで燗をぐいっと煽った。
 …似合わない…。
 ダイニングに向かうと、ちょっと冷めたけど美味そうなメシが…もとい、まずそうな!飯がところ狭しとならんでいた。
「…美味そうだろ?」
 …ああわかった、言い直せばいいんだろう、言い直せば!美味そうだよ、作った本人に似合わず!!表情から俺の心の底まで読んで来るクセに、自分はまったく心を読ませねーんだ、こいつは。
 まったく、なんて腹の立つ。
 腹が立つので、俺はがつがつとメシを食ってやった。
「いやー、育ちの良いこと」
「……」
 血管が切れそうだ…。
「今日は随分いらいらしてるね。なんかあったの?」
 てめーのせいだ、てめーの!!
「当ててやろーか。最近、謎って言う謎のある事件が舞い込んで来ないからじゃねーか?」
 …………。
 こいつの情報網は、いったいどうなっているんだ。
 確かに、俺の元には事件が転がっていない。
 事件は起こっている。だけど、ただ単に「謎」と呼べるような事件が起こっていないだけ。密室トリックでもありゃ、いまなら5分で解けそうな気がするのに。
 あまつさえ、ここにいる怪盗は最近ちっとも働かない。働かないくせに人の家にはのこのこやってくるんだから始末に追えないんだけど。今日の仕事なんか、すっげーひっさしぶりだった。思わすうきうきしちまったくらいだ。それなのに、しっかりと取り逃がしちまって…だーーーーーっ!!このやり場のない怒りをどこに向ければ!?
 …ああ、警察の救世主、とまで言われた天下の工藤新一が、なにしてんだか…灰色の脳細胞が泣きそうだ。
「ストレスとヒステリーと夜更かしは、お肌によくないぜ、名、探偵?」
 …ヒステリーと言われても肌がどーのこーの言われても、それ以上に「名」にアクセントを置くその発言の仕方が気にくわないっ!
 俺が箸を握ってなんとか怒りをやりすごそうとしていると、怪盗は懐から何かを取り出して投げつけてきた。
 あん?なんだこりゃ……げっ、これ!
「悩める名探偵に、またもや謎をプレゼント♪」
『怪盗キッド』と言うロゴ入りのカードには、流暢な文字で一篇の詩が書いてあった。
 何々……。


『1世紀半もの時を刻んだあの街は             
 今も潮風に晒されて笑っているのだろう
 地上の星を真上から見下ろす月は
 明日にはもう会うこともない
 美術館と言う名の檻から
 青いバラのようなキミを救い出すために
 私はあの地上の目印から飛び立とう

怪盗キッド』



 なんだ、こりゃ…。
「お前のアタマなら簡単だろ?」
 よいしょ、と声付きで起きあがったキッドは、にっこりと微笑んで見せた。
 そして優雅に礼をして見せると、
「お相手をお願いします、名探偵ドノ?」
 と不敵に笑った。
 妙に様になっている姿がまた憎らしい。
「かなり簡単にしてるから、すぐに解けるぜ、多分。
 ま、お前なら今夜中ってとこかな?」
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!
「解けるだろ?」
 ニヤリと笑う怪盗に、俺はむかっ腹が立った。
「ああ、今夜中に解いてやろうじゃねーか!!」
「じゃ、不眠不休で頑張ってね。俺はお前のベッド借りて一休みするから。
 昼間は下見に行ったし、夜は仕事したし、もー眠くってさー。
 じゃ、おやすみ〜♪」
 …はい?
「ちょ、ちょっとっ…」
 と振りかえった時には、すでに白い怪盗の姿はなかった。
 だーーーーーーーーっ!!
 くっそ、解いてやろうじゃねーか!
 見てろよ、こんのクソ怪盗っ!!



 と、気合いを入れて見たは良いモノの…。
 解き終わった瞬間には眠りに落ちていた。
 翌朝目覚めると、何故か自分のベッドの中で枕と戯れていた。
 …ベッドに入った記憶、ないんですけど…
 そして、テーブルの上にはカードが一枚。

『寝顔可愛かったぜ〜っ!!
 とっても優しい怪盗キッド』

 …あんのやろーーーっ!!

 それからしばらく、俺はヤツがベッドまで運んでくれた事に気付きもしなかった。






Index