2000年、12月31日。
この年末大晦日と言うやたらと忙しい時期に、あの怪盗が予告状を出したと言う情報がオレのトコにも入ってきた。
…何考えてんだ、あいつは…。
本当は無視して家でぬくぬくとしていたいとこだったが、事件だってんならしゃーねー。
蘭には、友達と初詣に行く約束をした…と嘘を付いた。ごめんな、蘭。
くるくるとまかれたマフラーにくるまれて、オレは目的地へと走った。
予告状から読み出した場所は、なんとカウントダウンが行われるイベント会場から見て、正面のビルの屋上だった。
イベント会場と行っても、人々が集まるのは交通規制が敷かれた路上。
人の目が付くところであり、キッドのファンが詰めかけるのは目に見えている。
ビルの下ではきっと混雑が予想され、警備員も元の人数より倍になっている。
そして、各所に設置されたサーチライト。
…芸能人やアイドルが来るんじゃねーんだからよぉ…。
と愚痴ったところでヤツは必ず来るのだろう。
ため息、ため息。
段々と冷え込んできた。
ふと振り向くと、美術館の方面がやたらと騒がしい。
多分…そろそろだと言うことなのだろう。
月に照らされ、輝かんばかりに白い羽根。
そして、彼はふわりとオレの前に降り立った。
なんてーか…行動がいちいち様になってて格好良くて…腹が立つ。そして、んなこと考えているオレ自身にも腹が立つ。
どっちにしてもこいつが好きなんだよなぁ、オレ…。
「よぉ、ボウズ。やっぱり…一人だったな」
「…しゃーねーだろ、オレがなんて言ったって警察は信用してくれるわけねーし…。それに、一対一で捕まえたいしな、オレとしてはさ」
「なるほど、探偵君のコダワリってワケだな」
ヤツの表情が、微かに柔らかくなった。
こう言うとき、元に戻ってなくて良かったと思ったりする。元のオレならヤツの身長とほぼ同じ…表情はシルクハットに阻まれ、絶対見ることが出来なかっただろう。
この小さなコナンの身体に、感謝しねーとな。
「それにしても、なんでおめーこんな日に予告状出したりすんだよ…おめーだって、千年期を越える大事な日に一緒にいたいヤツとか…いるんじゃねーの?」
…自分で言ってて何だが、オレはヤツが予告状を出したことに感謝…したり、してる。
この大事な一時を、過ごせるから。
「大事な日、か…」
「そう、好きな女とかさ…いるんだろ?」
ちょっと胸が痛い。
いない。そう答えて欲しい。なんて…傲慢なオレ。
常に冷静であれ…と言う探偵の言葉に、見事に背く形になっちまった。
それでもオレは、そう答えて欲しいと願っている。
目を反らしたいが、それは出来ない。追い詰められた様な気分でオレが見上げると、キッドはそっと手を伸ばしてきた。
「大切な女…なら、いるよ」
…………やっぱ、り。
「でも、愛しているのとは違う…」
……え?
キッドはふっと笑った。なんとも表現出来ない…悲しそうな、愛しそうな…それでいて切なそうな顔で。
「オレが、キッドじゃないオレが居るために必要なんだ。
彼女の存在があるから、オレは陽の当たる場所へと戻れる。
彼女が笑うから、オレも笑い方を忘れないで居られる。
…でも、それは恋人に向ける愛じゃない…残念ながらね」
その時のキッドの笑顔は、きっと彼自身が持っている笑みなのだろう。
キッドじゃない彼が持っている、本来の笑み。
何かを諦めて生きてきた男の笑顔。そんな気がした。
「見ろよ、探偵。カウントダウンだ」
騒ぎ声が、一段と大きさを増した。
ここから真正面に見えるスクリーンに、30の数字が表示された。
一秒ごとに数字が減っていく。
25秒前。オレはそっとヤツの顔を盗み見た。
20秒前。キッドの横顔だけが見える。
15秒前。顔ごとヤツの方へと向けてみるが、
10秒前。ヤツは、微動だにしない。
9秒前。だから、オレも動けない。
8秒前。キッドの目は、イベント会場の明かりを受けて、
7秒前。キラキラと輝いていた。
6秒前。隠せぬ闇ごと、輝いている。
5秒前。オレは、思わずヤツのネクタイを掴んで引き寄せていた。
4秒前。驚いているヤツの表情が目に入る。
3秒前。顔を近付けると、少しヤツは動揺したように身を引いた。
2秒前。だけど、無理矢理顔を固定して…
1秒前。………。
わあっと言う歓声が、遠くに聞こえた。
オレが閉じていた目を開いてヤツを見ると、彼の目は微笑っていた。
「A Happy New Year、探偵君」
優しい声。
「これが言いたくて、こんな日に予告状を出した…って言ったら、君は果たして信用するかな…?」
「ば…バーロ、信用すっかよ…」
「そう言うと思った」
笑っている。
止めろよ、望みを持ちたくなるから。
「じゃあ、好きだよって言っても、信用しないな」
え…?
「まあ、ドロボウの言うことだからな」
体重を感じさせないジャンプで柵を飛び越えると、遙か下にいる人々が歓声を上げた。
『か、怪盗キッドです!怪盗キッドが現れました!!』
「千年期最後の夜に…一緒に居たい、大事な人の話なぁ…」
振り返ってそう言ったヤツの顔は、逆光で見えなかった。
あの、モザイクブルーの瞳も、今は闇に閉ざされている。
「居るよ、本当は」
「……誰だよ、それ…」
「だから、予告状を出したんだ…って言ったら、探偵君は信用するかな?」
ヤツの身体は、ふわりと宙に舞った。
人々が集まっている、そのど真ん中の時計の上へ。
細工物の時計の上に降り立ち、彼は…怪盗キッドは優雅に礼をした。
先ほどの歓声が、さらに大きく聞こえてきた。
『キッド、キッド!!』
恒例のキッドコール。
「偉大なる千年期の終わりと、新たな千年期の始まりを祝って…」
ぱちんと指を鳴らすと、いったいどこから出したのか、人々の上に色とりどりのバラが降り注いだ。
「そして、此度の千年期が、平和のうちに華やぐことを願って…」
もう一度指を鳴らすと、彼がいつも使っている白いハトが飛び出し、彼の周りに止まった。
彼はこちらを見て一瞬笑い、マントを閃かすとかき消えてしまった。
そこにはもう何も無いかのように。
いったいなんだったんだよ…。
自分の行動も含めてため息を付くと、ばさばさと音がしてハトが来た。
キッドの白いハト。その足には、何かが取り付けられている。
それをそうっと外して開けると、有名なメロディーが流れた。
小さな機会仕掛けの箱。
上のフタはガラスになっていて、音楽が流れている時だけ、ぼんやりと文字を表示した。
「……やっぱ、キザ…」
呆れるように呟いて、オレは…微笑った。
恋愛はこの世で一番すばらしいものだと、誰かが言った。
あん時のオレは、それを鼻先で笑い飛ばした。そんな生き方は下らないと。
だけど、その言葉の本当の意味を今、知った。
そう言うことだったんだ。
一番大切な相手が居るから、恋愛は一番すばらしい。
それは、他の何かと比べられない次元にある。
そして、それは誰にも理解出来ない。
本人だけが知っている。それで良いんだ。
オルゴールを持って、オレは帰った。
毛利家じゃなくて、工藤家に。
ヤツと、会うために。
Never Ending.
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